Tenth Predators Sergeant
「はぁ~……」
私は大きなあくびをしました。
二十二時頃だったでしょうか。
この時三十二巻まで発刊されている推進の大男を夢中になって読みふけり、いくばくかのあくびをしながら部屋を歩いていました。
夜。そろそろコキプリたちが動き出す時間です。
ですが最近、涼しくなってきました。
そろそろ秋かな、と感じさせるような季節の移ろいを嬉しく思いながら、コキプリともう今年は会うことはないだろう、と思っていました。
最近はコキプリを見ていないからです。
「……?」
左に、何かがいる気配がしました。
「!?」
ばっと左を見て見ると、壁に何か大きく茶色いものが張り付いていました。
「わっ!」
コキプリか!? と身構えた私は一瞬硬直します。そして硬直を解きました。
そこにいたのはコキプリではなく、大きな蜘蛛でした。成人女性のパーくらいの大きさでしょうか。
足の長さを入れればコキプリよりも大きいでしょうが、本体はとても小さいです。そして何より、私は蜘蛛がそこまで苦手というわけではありません。
もちろん、虫はほとんど全て嫌いですし、蜘蛛が好きだというわけではありません。
比較するなら、蜘蛛はまだマシ、な段階にある虫だ、ということです。
何故なら蜘蛛は動きも遅く、コキプリのような素早い動きはしません。
そしてなにより。コキプリは、飛ばないのです。これが本当にありがたい。飛翔するコキプリなんてものは最悪です。いつこちらに来るかもわかりません。
基本的に、飛ぶ虫は全て嫌いです。とりわけコキプリは視界に入れたくもありません。
「蜘蛛か……」
はぁ、とため息を吐いた私は蜘蛛を見ていました。
とはいえ、やはり相当な大きさがあります。蜘蛛は蜘蛛でも、気持ちが悪いです。そこにいていい気持ちはしません。
しかし蜘蛛は、コキプリの天敵です。家で見つけた時は殺さないようにした方が良い、というのが日本の俗説です。いわゆる、益虫といわれる虫です。
蜘蛛の巣をところどころに張るやっかいな虫だとは思いますが。
蜘蛛はコキプリを食べるのです。
この私の目の前にいる蜘蛛がどのような種類なのかは分かりませんが、仮にアシナガグモ。アシナガ軍曹と呼びましょうか。
アシナガ軍曹は全く壁から動くことなく、こちらを見下ろしています。えらそうなやつです。
ここまでのサイズのアシナガ軍曹がいるということは、この家のコキプリが彼女に食べられているということなのでしょう。これは望ましいことです。大きな蜘蛛がいるということは、コキプリが排除されていっている、ということなのです。
蜘蛛はコキプリを食べつくしたら家から出ていく、と聞いたことがあります。
とりあえず私はお風呂に入ろう、と思いました。
そこで扉を開けると、床を歩く何かが見えました。
そうです。
アシナガ軍曹です。
「え!?」
瞬間移動!?
私は後方の大きなアシナガ軍曹を見ました。
瞬間移動などでは、決してありません。
アシナガチャイルド、小さなアシナガ軍曹だったのです。
「えぇ……」
私はアシナガチャイルドを追い払い、お風呂へ入りました。
どうやら予想以上に私の家は蜘蛛が住み着いているようです。
どうして今まで出会わなかったのでしょう。まあ、大きなコキプリも今まで出会わなかったので、そういものなのでしょう。
そしてお風呂から上がって来ても、まだ大きなアシナガ軍曹はそこにいます。早くどこかに行って欲しい、と思うのですが、全くその場から動きません。
さすがにリビングにアシナガ軍曹がいては集中できないので、扉を開けて虫取り網を使い、アシナガ軍曹を隣の部屋に追い出しました。
蜘蛛であったとしても、近づかれれば私は大声を上げて泣き叫ぶことでしょう。
おそらくこれからは、彼女たちがコキプリを食べてくれるでしょう。
あるいは、地面に落ちて消えたコキプリを食べに来たのかもしれません。
いったい私の家にはどれだけの種類の虫がいるんでしょうか。
私は今日も、心地よく眠れそうにありません。
後日談にはなりますが、その翌日、浴室に行くと、それでも尚、小さなアシダカグモは追い払われたお風呂の中にいました。
一体この蜘蛛はどれだけ動かないのでしょうか。
蜘蛛を殺してしまえば、今度は私がコキプリに怯える番なので、蜘蛛を虫取り網で外に逃がし、お風呂に入りました。
それからも小さなアシダカグモは私の浴室辺りをうろちょろとしています。
助兵衛な虫だと言わざるを得ません。
浴室に入るたび、アシダカグモの存在を確認してから動きます。
どうしてここは私の家なのに私が蜘蛛に気を遣わなければいけないのでしょうか。
家賃払ってもらっていいですか?
もう今年はこれ以上コキプリと遭遇しませんように。
おわり。