第七話 魔人化
真っ白だ。視界一面、白色で埋め尽くされている。
何度か瞬きをして、ゆっくりと頭を右に倒す。
机にソファ、その隣には鏡。窓がない壁に掛けられた時計は八の字を指している。
天井には全体に明るい光を届けている物体が埋め込まれて、寝起きの俺を強く照らす。もしかしたら、レオが言っていた電気ってやつかもしれない。
眩い光を直視できず、布団の端を頭まで引き上げて、真っ暗な闇へと自分をいざなう。
全身をふかふかの掛け布団と、硬すぎず、柔らかすぎない絶妙なバランスを保つベッドで包み込むと、目を閉じれば直ぐに夢へといざなわれそうな眠気に襲われる。
いきなり心臓を小刀で一突きされたんだ。そりゃ疲れも溜まる――。
「なんで俺、ベッドで寝ているんだ?」
デジャブを感じつつ、両手で勢いよく覆いかぶさる布団を押し除ける。
確かに俺は隊長が取り出した小刀で、心臓を抉られた。
激しい痛みと共に、大量の血を出血し、俺はその場で倒れた。
心臓を一突き。間違いなく死ぬはず。しかし、今こうしてベッドの上で目を覚まし、息をしているのは俺が生きているという証拠だ。
だとしたら、あれは夢だった……?
真っ赤に染まったはずの白いシャツを首下まで捲り上げ、服の上から肌を貫通した小刀が侵入した部分を見ると、同じ肌色で目立たないが、明らかに傷口を縫った跡がある。
「隊長に刺されたのは現実か……だとしたら……」
恐る恐る右手を心臓に近づけ、肌の上から直接触る。
時計がチクタクと針を動かす音だけが響く静かな部屋で、意識を右手を集中させるも、俺の耳には規則正しく時を刻む針の音しか聞こえない。
「心臓が止まっている……」
圧迫感を覚える程に強く胸に手を押し当てても、心臓の鼓動を感じることはできない。
十五年間の生の中で得た知識に照らし合わせると、人間という生き物は心臓が止まれば生きることはできないはずだ。
しかし、アメリアと出会い、俺の中の常識を超える世界を教えてもらった。
その新たな知識の中に、俺の身に起きている、普通ならあり得ないを説明できるものがあったはずだ。
心臓が止まり、人間としての生を終えた後も魔力をエネルギー源にして生命活動を維持している魔人という存在。
「まさか俺……魔人になったのか?」
そういえば、意識が途絶える前に隊長が「ホワイトリベリオンへようこそ」と言ったのを聞いた気がする。
彼が俺を殺して魔人にしたと仮定すると、一応合点がいく気がする。
アメリアが魔人だったように、ホワイトリベリオンは魔人しか入隊できないといった条件があるのかもしれない。
そんなことをベッドに寝っ転がりながら考えていると、コンコン、と黒いドアを二度ノックをする音がした。
俺の返事を待たずして部屋の中に入ってきたのは、どこかで見た黒いローブを羽織り、頭の先から踝まで伸びる長刀を背中の鞘に納めて持ち運ぶ、黒髪ロングの女性、魔人アメリアだった。
なぜか、右手には俺の愛剣が握られていて、左手には大きな紙袋を持っている。
「あれ、起きた?」
またデジャブを感じつつ、アメリアの格好に既視感を覚える。
一番最初にアメリアと会った森の中。背中の長刀で魔物を一刀両断した彼女の後ろ姿と全く同じだ。
身体を起こしてベッドから出た俺に、アメリアが紙袋を持った左手を突き出してくる。
受け取って中身を覗くと、黒い布の塊が入っているのが見える。
袋から引っ張り出して、ベッドの上で広げると、それが黒いローブだということが分かる。
内側の襟の部分に白く印刷された、向かい合う二つの髑髏に天使の輪と翼、死神の鎌のデザインは、隊長が説明してくれたホワイトリベリオンのエンブレムだ。
おそらく、アメリアが来ているローブ。そして、隊長が来ていたローブと同じもの。
両腕に袖を通して来てみると、俺のために作ってくれたのか、サイズはぴったりだ。
「魔人化おめでとう。改めて、ようこそホワイトレべリオンへ。歓迎するわ」
ローブを着るなりソファの横の鏡へ移動した俺に、アメリアが微笑みと共にそんな言葉をかけるてくれた。
やっぱり俺は魔人になったらしい。
「ありがとう。でも隊長に殺されることくらい教えて欲しかったな」
「知っていて殺されるより、知らないで殺される方が楽だと思わない? 私なりの配慮だったんだけど」
「それに、死か忠誠の二択って話だったよね。どっち選んでもデッドエンドじゃん」
「でも君、生きてるでしょ? それは忠誠を選んだ結果の生よ」
子ども扱いを続けるアメリアに、ひとつ嫌味でも言ってやろうと思ったのだが、一理どころか百里ある答えに何も言えなくなってしまう。
「その他にもアメリアに色々言いたいことがある。例えば、この――」
「私への質問は移動中に答えてあげるわ。ほら、この剣持って付いてきなさい」
脳をフル回転させて、反撃の一手を探っていたのだが、アメリアに右手の剣を顔前まで突き出されて遮られ、仕方なく口を閉じて受け取る。
両手で受け取った愛剣は、鍛えて逞しくなった腕でも片手で支えるのが難しく、両手じゃないと振りかぶれないほどの重さだったはずだった。
しかし、アメリアから受け取った剣は、両手で持ったところで重さを全く感じられず、試しに片手で持つと、軽々と縦横に剣を振ることができた。
確か、アメリアがこの拠点には鍛冶職人なるものがいると言っていた。
「この剣にもしかして改造でもした?」
「その質問も後、ほらさっさと行くよ!」
外から剣を持ってきたアメリアは怪しいと踏んだのだが、答えは得られず、手首を掴まれて、強制的に部屋の外に連れ出されてしまった。
振りほどこうにも、俺の手首を握るアメリアの力は片手なのにピクリとも動かせないほど強く、階段までずるずると引き連れられてしまう。
そのまま上り階段にアメリアは足をかける。
「おい、アメリア! 行くってどこにだよ! お願いだから、それだけ答えて!」
ここが地下一階という話なので、上に上った先は地上ということだ。ここがどこかもまだわかっていない今、目的地は聞いておきたい。
じたばたと抵抗する俺の必死のお願いに、黙っていたアメリアが呆れたような顔で振り向いて口を開く。
「ホワイトレべリオンの任務だよ。私と君のツーマンセル。隊長からの命令だ」
「いきなり!?」
身体をのけぞらせて驚く俺にかまわず、アメリアはずんずんと上に上っていく。
革命軍、ホワイトレべリオンの任務ということは、当然、魔物を倒す内容のはずだ。
だとすると、アメリアの格好が、森の中で魔物と戦闘した時と同じなのも合点がいく。
俺にパワーアップ? した剣を渡してきたのも、魔物との戦闘に向けてなのだろう。
ここから俺の復讐が始まるということだ。
しばしの驚きの後、確かな闘争心が湧き上がり、全身が熱くなるのを感じる。
長い階段を駆け上り、ようやく地上の光が見えてきたところで、アメリアが突然、俺の手首を掴む手の力を強めた。
もともと強めだった力がさらに強くなり、魔物との戦いへ燃えていた俺の思考が痛みへと切り替わる。
「忘れてたけど、ギルバート君。君はまだ私に敬語使わなきゃダメだからね」
まだ、ということはタメ口が許される日が来るのだろうか。
アメリア先輩に背中越しに注意をされながら、俺は久々に地上へと降り立った。
第七話を最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。
評価ポイントとブックマークが増え、感想をいただき、作者は発狂しております。
応援してくださる読者様、本当に感謝しかありません。