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第六話 ウィルストン・マイヤー

 アメリアから提示された二択に答えた後、「ここで数分待ってて」と言い残して、彼女は部屋を出た。

 やることが無いので、気になった机の上に散乱している書類に目を通そうとすると、バタン! と勢いよく扉が開き、片手にお盆を乗せたアメリアが再び部屋に入ってきた。

 お盆の上には飲み物や、パンとフルーツを始め、見たことのない食べ物? が乗っている。

「もう数十分、これ食べて待ってて!」と再び部屋から出ていったアメリアに礼を言い、目の前の御馳走にありつく。

 すっかり忘れていたが、俺は三日間寝ていたのだ。食欲そそる匂いに、我慢していたお腹がグ――――と、長めの音を立てる。

 手に取った書類を机の端に寄せ、空腹に耐えかねた胃にこれでもか、という程に食べ物を詰め込む。

 しばらく夢中で食事をし、束の間の幸せを味わっていると、またまたアメリアが勢いをドアを開けて、平行一番に――


「隊長に正式な入隊許可を貰いに行くわよ。君が三日間寝ているうちに、私が売り込んでおいたけど、後は自分自身で認めてもらいなさい」


 もっと三日ぶりの食事の幸せを楽しんでいたかったのだが、無理やりアメリアさんに連れられて部屋を出ると、約二メートル目の空間の先に同じような黒いドアが現れる。

 長い廊下を歩いていると、左右の壁に等間隔でドアが設置されている。

 おそらく革命軍の隊員の部屋だろう。

 俺が出てきた部屋は廊下の突き当りに位置し、左右合計十戸を過ぎた先に階段が現れる。

 下にも行けるし、上にも行けるが、先導するアメリアが下に行く階段に足を掛けたので、俺もついて行く。


「隊員の部屋は平等に分けられているわ。入隊が認められれば、さっきの部屋が君の部屋になるはずよ」


 ユー字の階段を下り、下階に向かいながらアメリアは振り向いて話しかけてくる。


「ホワイトレべリオンの拠点は地下にあるの。ほら、窓がどこにもないでしょ? 空が見えない以外はあまり不自由ないと思う。ここは地下一階。二階には大食堂、基本ここで他の隊員と顔を合わせたり、会議をするわね。三階には大浴場、四階には武器庫と食糧庫と、その他倉庫。そして武器を製造、メンテナンスしてくれる鍛冶職人の部屋があるわ。でも、あの人は性格に難があるから気を付けて。五階に隊長の部屋、六階に訓練場で大雑把な説明は終わりかな」


 会話――と言っても、アメリアからの一方的な拠点の説明が終わると、丁度階段を下り終わった。

 階段から一メートルくらい先に大きな両開きの黒い扉がどっしりと構えている。

 進むのを躊躇(ちゅうちょ)していると、アメリアに後ろから背中を押され、扉の目の前まで移動させられる。


「あの、隊長ってどんな方なんですか?」


「今ここでは語り切れないくらい凄い人よ」


 少しでも隊長の情報が欲しかったのに、さあ、と扉を開けるジェスチャーを後ろでして、入室を促すアメリアからはほぼ何も得られなかった。

 この扉を開けたら、入隊が懸かる面接が始まる。

 もし入隊を断られたら、二択に関係なく死が待っているのだろうか。

 そんなことを今考えても意味がないので、覚悟を決めて分厚い扉を両手で押し開く。

 ギギギギ――と重厚感溢れる音と共に左右に扉が開き、視界が開く。


 俺が目覚めた部屋や廊下、階段と同じように、壁は一面真っ白に塗られている。

 天井には豪華なシャンデリアが吊らされていて、部屋の隅々まで光を放っている。

  左右の壁には本棚やタンスが並べられ、下を見ると、目に入ったのは真っ赤な布を基調に、金の刺繍が施された絨毯(じゅうたん)が敷かれている。

 刺繍は全体で一つの形を作り出しているようで、横向きの(いか)つい髑髏(どくろ)が二頭向き合っている。右側の髑髏には頭上に輪っかと後頭部に翼が、左側の髑髏には持ち手が骨を貫通し、翼のように刃の部分が後頭部から伸びる鎌があしらわれている。


「かっこいいでしょ、それ。私たちのエンブレムなんだ」


 床の絨毯に気を取られ、ついつい下ばかり見ていた。

 声がした部屋の奥に目を受けると、真っ白い横長の机が置かれていて、その向こうに肘を机の上につき、両手を顎の下で組んで、こちらを見つめている銀髪の男が座っている。


「ようこそ、ギルバート君。アメリアから話は聞いているよ。私がホワイトレべリオンの隊長、ウィルストン・マイヤーです」


 椅子から立ち上がり、俺の方へと隊長が歩いてくる。

 扉の前から動かない俺を見かねたのか、無理やりアメリアに後ろから押され、エンブレムが施された絨毯の真ん中で隊長と向かい合う。

 俺より頭一つ分大きい隊長が右手を前に出す。同じように俺も右手で応じ、握手を交わす。

 握った隊長の右手からは、肌の温もりとは違う、正体不明の暖かさが俺の右手のから全身に巡り、何かに内側から包まれる感じがする。

 手を放すと、後ろからギギギギ――と重々しい音がして振り向くと、扉が徐々に閉まっていく。


「隊長、くれぐれも無理しないでくださいね」


 何の心配だろうか、隊長にそう声をかけ、アメリアが扉の向こうに消えていった。 

 ここからは隊長と二人きりらしい。

 コホン、と息を整えてから、怖気ずに隊長の目を見つめ返す。


「トイトピー村から来ました、ギルバートです」


「村のことは、残念だったね……。仲間が向かったのだけど、間に合わなくて済まない」


 深々と初対面の子供である俺に頭を下げた隊長は再び俺と目を合わせる。

 真っ直ぐ俺の目を射とめる緋色の瞳からは全く威圧感を感じない。

 背は俺より高いが、体格は鍛えらている感じはせず、村の大人たちとそう変わらない。

 首筋まで伸びている銀髪は耳の下あたりの高さから束ねられ、白い眉や蓄えられた同じく白い髭からは全身を覆う黒いローブと相まって、老人のイメージが浮かんでしまう。

 魔王打倒と魔物の殲滅を目的とした、革命軍の隊長を務める程なのだから、屈強な戦士を想像していたが、外見からではアメリアの言う最強は感じ取れない。

 この人も魔人で不老不死なら、四十、五十辺りで時が止まっているといった印象だ。


 しばらく見つめあう時間が続いた後、ニコッと上品な笑みを浮かべた隊長が視線を外し、下を向いた。

 同じように俺も下を向くと、赤地に金色の布で形成されたエンブレムが目に入る。


「ギルバート君は天国と地獄って信じているかい?」


 扉を開けた時のように、再びエンブレムに見入っていると、いつの間にか隣に移動していた隊長が絨毯を見つめながら俺に問いかけてきた。

 天国と地獄という概念はレオに教えてもらった。

 人間が死んだ後、生前の行いによって神様が死者の魂をどちらに向かわせるか決めるらしい。

 善い行いを積み重ねた人間は天国に昇り、悪い行いを積み重ねた人間は地獄に落ちるらしい。

 レオは死後の世界は誰も確認できないのに、その存在を提唱すること自体が空想の証だ、とか難しいことを言っていたが、俺はどちらかというと存在を信じている方だ。

 十年前の大戦で行方不明になった父さんは、きっと悪い奴をたくさん倒して天国に昇ったと思っている。


「はい、信じています」


「良かった、それじゃあ私と同じだね。実はこのエムブレムは天国と地獄の考え方を基になっている。髑髏は死者を。天使の輪と羽は神の許しを。死神の鎌は天罰を表している」


 隊長は語りながら、俺に背を向けて机の方に歩いていく。


「アメリアから色々聞いたと思うけど、ホワイトレべリオンに忠誠を誓う以上、厳しい戦いは免れない魔王レギオンを始め、その配下の魔人、生み出された魔物と剣を交える」


「覚悟しています」


 魔物はミッシェルと村のみんなの仇と認識している。それを生み出す魔王ももちろん仇だ。


「魔物はもう死んで、自我がないと言っても元人間だ。君の友達かもしれない、親友かもしれない、家族かもしれない。そして時には魔王に(そそのか)されたり、操られたり、目指す目的の違いから私たちと対立する生きている人間を殺すこともある。君に目的のため、必要ならば人間を殺し、志半場で倒れた仲間の屍を踏み越えて、目の前の敵を打ち倒す。そんなどこまでも非情になれる強さと意思はありますか?」


「……」


 アメリアからは魔王の打倒と魔物の殲滅と聞かされ、故郷と同じ過ちを犯さないため、戦う覚悟はできていたが、隊長から対人の可能性を聞かされ、わずかに固めた意思が揺らぐ。

 仲間と言われても、アメリアしかまだ顔を合わせていないので、イメージがハッキリとはできないが、もし俺を子ども扱いする、お姉さんぶった黒髪の長刀使いが戦いの中で死んだら――俺は振り向かずに、

 彼女のもとに駆け寄らずに戦えると断言できるだろうか。

 俯いて黙り込んだ俺の迷いを見透かしたのか、答えを待たずに隊長は話し続ける。


「エンブレムに描かれている左側の髑髏は、地獄に落ちるべき使者を表している。魔王レギオン、そしてその配下の魔人や人間。彼らと同じように悪しき心を持ち、世を乱し、害となる人間も同じだ」


 隊長は絨毯を一歩一歩踏みしめ、机の裏側に回る。

 引き出しを開けて、何やらごそごそと取り出している。

 目的のものを取り出すと、それをローブのポケットに入れ、引き出しを閉めた後、またゆっくりと俺の方へ歩いてくる。


「右側の髑髏は、天国へ昇るべきものを表している。私たちの戦いに巻き込まれた無関係の者。魔王により正常な考えを保てず対立した者。私の考えでは魔物もそうだ。魔物自体は悪しき存在だが、元となっている死者は魔王に無理やり魔物にされたものも多い。死者に罪はないだろう? その人の生前が善か悪かは神の判断に任せるがね。」


 隊長は、俺の目の前で止まると、ローブの内側から、手のひらほどの大きさの小刀を取り出した。

 右手に握った鋭利な刃物を、ゆっくり下から上に移動させ俺の左胸――心臓の部分ににあてる。

 物凄いスピードというわけではなかったのに、あまりに自然で滑らかな動きに反応できず、隊長に命を握られれる。

 少しでも動いたら小刀が服と肌を貫通し、心臓に到達するのか。質問に対して間違えた答えを言ってしまうと俺の生が終わるのか。

 どちらにせよ下手な動きはできない。

 小刀を俺の胸に押し当てたまま、隊長は俺を真正面から見据え、口を開ける。


「君はアメリアに、強くなれるか、と問うたみたいだね」


「はい」


「ホワイトレべリオンに忠誠誓い、私に付いてくる覚悟があるなら、悪を滅する力を授けよう。ギルバート君、君に問おう。死か忠誠、どちらかを選びなさい」


 俺の心臓を正確に捉える刃物が服を貫き、冷たい刀の先が肌に直接触れる。

 脈が速くなり、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 しかし、なぜか俺の頭は冷静だった。


  ミッシェルや村のみんなは俺が強ければ守れた。

  三人で使者の役目を果たし、村のみんなを笑顔にするはずだった。


 森の中で魔物を一太刀で葬ったアメリアのように。

 俺が魔物を倒せるまで強くなれば。

 今度こそ、俺は自分の力で守りたい。

 魔物に脅かされる人々をこの手で守りたい。

 二度とトイトピーの悲劇を繰り返さないように。


 迷いはない。


「俺はホワイトレべリオンに忠誠を誓い、悪と魔物を滅ぼす」


 隊長はニコリと微笑み、首を縦に振った。


「よろしい。その確固たる意志を持ち続けながら目を閉じなさい」


 言われた通り、強く目を瞑る。 

 視界が真っ黒になり、聴覚が研ぎ澄まされ、俺の鼻息と微かな心臓の鼓動が聞こえる。

 脳裏には鮮明に覚えている、ミッシェルを屠る魔物の姿が映る。

 俺の親友を、俺の故郷を奪った黒い靄を纏ったその姿に、猛烈な怒りと、復讐心を覚え――鋭い痛みが胸に走り、思考が止まった。

 体内に、冷たい無機物が侵入して来る感覚がする。

 胸を焼きつくすような痛みに声を上げようにも喉から言葉が出ていかず、ドロッとした鉄の味がする液体が口から吐き出される。

 全身を駆け回る苦痛に耐えかねて、膝から崩れ落ち、そのまま横に倒れる。

 ゆっくりと、ゆっくりと心臓の鼓動が減速するのを感じながら、固く閉じていた瞼を開け、真っ赤に染まった視界を動かし、上を見ると、黒いローブを纏った銀髪の男が今もなお、俺の胸に刺さる小刀の柄を握りしめている。


「ホワイトレベリオンへようこそ」


 薄れゆく意識のか、耳元でそんな声が聞こえた気がした。

 金色の刺繍で施されたエンブレムを、俺の胸と口から溢れ出る血が絨毯と同じ赤色で染め上げていく。

 森の中で魔物に後ろから頭を殴打され、死を間近に感じた、あの時と同じ感覚を覚える。

 しかし、不思議と恐怖は無かった。

 左胸からじんわりと全身に流れてくる暖かい何かを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じ、俺は深い深い眠りについた。

第六話を最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。

ようやく物語が動き出します。


隊長の名前は結構気に入っています。

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