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第五話 魔人

 初めて子供らしい笑みをこぼしたアメリアにどことなく冷たい感情を覚えるが、その真意はわからない。

 視線を再び机上の紙に移したアメリアは、まだほとんど何も書き加えられていない最後の白い人間の絵に黒い線を書き加えていく。

 他の二つの絵と違い、外側から内側に――大気から全身に向かう矢印が書き足され、最後に心臓の位置にバツ印が書かれる。

 

「魔力を全身から取り込んで、魔臓に蓄えられる魔力を媒介として生命活動を維持している状態。これが私たち、魔人の仕組みよ」

 

 説明されても、はいそうですか、と納得できるものではないが、実際に心臓が止まっていながらも生きている少女が目の前に存在している以上、魔人というものを納得せざるを得ない。

 俺のような心臓が健在な一般人でも大気中にある空気のように存在している魔力を口から吸って吐き出して魔臓とやらに微量ながら蓄えているらしい。それを全身で取り込んで生きているという話なら、もしかして。


「もしかして、不老不死? と思ったでしょ」


 完璧に思考を読まれ、もしかして魔人という存在は心を読めるんじゃと咄嗟に隣のアメリアに顔を向ける。

 同じように横を向いて俺の顔を見つめるアメリアは無言でニヤニヤしている。

 本当に心が読めるのかどうかはその表情からイエスともノーともとれるが、ずっと心の中ではアメリア、と呼び捨てしているので、心が読めるなら目の前のお姉さんぶった少女は早めに不満を訴えてきているだろう。

 アメリア、読心術使える説はノーという答えに落ちつき、思考を本題に移す。


「アメリアさんの話が本当なら、不老はわかりませんが、不死はありえますよね」


「ここで問題です。私は何年生きているでしょう」


 唐突にアメリアがニヤニヤしながら、そんな問いを俺に投げかけてくる。

 聞き方に違和感を覚えるが、つまりは何歳でしょうということだろう。

 レオに聞いた話によると、女性の年齢を答える時は、実際よりも上の数字を言ってはならない。さらに、実際よりも下過ぎてもダメという、とてもめんどくさいルールがあるらしい。

 しかし、目の前の女性の年齢は先ほどしたばかりの自己紹介で知っている。間違えるのもおかしいため、ここは正確に答えることにする。


「十六年」


「ぶっぶー。正解は二十六年」


 両腕を交差させて間違いを主張するアメリアの話は、魔力やら魔人やらと聞いたこともなく、想像したこともない世界ながらも、食らいついて理解してきたが、こればっかりは意味が分からない。

 十六歳が二十六年生きているという話は道理が通らないではないか……。

 ここまで考えて、一つの解が頭に浮かぶ。


「不老不死って本当なのか」


「大正解!」


 今度は頭の上で輪っかを両手でつくったアメリアから大きな丸を貰う。

 行動は十六歳の無邪気な少女のそれだが、二十六年間生きているということは実質二十六歳だ。

 歳が一つしか離れていないのに、やけに俺を子ども扱いする理由がわかった。

 アメリアが言っていた一度死んだというのは心臓の停止を指すのだろう。そして魔力を全身から取り込むことで、再び生を得る……。

 そんな夢のような話が実現しているなら、全員が不老不死になるんじゃ。


「かと言って、誰でも魔人になれるわけじゃないんだよ」


 またしても、俺の思考を読み取ったかのようなタイミングでアメリアが言葉を発する。

 読心術使える説は否定されたはずなのだが、再び疑わなければいけないようだ。


「魔人になるためには、人間だった時、つまり心臓が動いている時に魔力を口以外から放出した経験が必要なの。普通の人間にはまず無理。死に際とか、鍛錬を積み続けた戦士が放つ渾身の一撃とか。そういう気持ちが最高に高まった瞬間に魔力を通す何かを持ってると、本来心臓が止まった後に開かれる全身の魔力の通り道が、魔力を通すものに触れている身体の一部分だけ開くわけ。これを魔力開放って呼ぶの」


 長めの説明を一気に話しながら、アメリアはかなり書き込まれて、ごちゃごちゃしている紙に文字で要点を書き加えていく。


「そんな一生で一度あるかないかの瞬間と、魔力を通すものを持っているって条件はめったにそろわないわけ。魔力を通すものは鉱石が多いんだけど、木材とか植物とかにも確認されているわ。どれもとても希少なんだけどね」


 鉱石、木材、と言った単語を紙にスラスラと黒い線で描いていくアメリアを横目で見て、死か忠誠の二択を迫られた後のことを思い出す。

 あの時俺は、死を選びかけてから、アメリアに強さを求めた。その返答次第で二択を決める予定が、今は魔力についての講義に至っている。

 この話の流れになったきっかけ。彼女は俺の剣に魔力を通す鉱石が使われていると言っていなかったか?

 

「気づいた? 実はもう君は魔人になるための条件である魔力開放の経験を積んでいるんだ」


「あの時か……」


 ソファの後ろを振り返って見ると、立掛けられた剣が無機物らしく、ただそこに置かれたまま制止している。

 おそらく、ミッシェルを(ほふ)る魔物の首を切り裂いた時。目の前の敵を倒すことだけに集中していたため覚えていないが、あの時、俺の感情は目の前の惨状に対してかなり高まっていただろう。

 そして何度も練習した動きで振り下ろした愛剣は魔力を通すときた。

 確かに条件はそろっている。

 

「まだ魔人になるための条件はあって、心臓が止まって人間として死んだ後、一度終わった生命活動を復活させ、安定させるためのエネルギーとなる大量の魔力を全身から吸収して、魔臓に蓄えなきゃいけないの。魔人に昇華した人間は全身から大気中の魔力を取り込み続け、魔臓がその魔力を使って生命活動を維持させていく」


 「魔物が魔人の成り損ないって話は……?」

 

 俺が思わず前のめりになって質問をすると、アメリアは俺の顔の前に左手を突き出す。

 ちょっと待っての意であろう手が下がると、散らばったままの書類から新たに一枚を取って裏返し、白紙の部分にまた何やら書き始めた。

 先ほどと同じく三人の人間があっという間に書かれ、左から魔物、人間、魔人と名付けられる。

 人間には目にバッテンが書かれ、内から外へ向かう矢印が全身に書かれる。これは人間が死んだ後の魔力が全身から出ていく様子を表しているのだろう。アメリアの話だと数秒で魔臓に蓄えられた魔力は尽きるらしい。

 そして魔人には外から内へ向かう矢印が全身に書かれる。

 きっと、ついさっき話していた生命活動を維持するために大気から絶えず魔力を吸収しているというやつだ。

 最後に魔物には内から外、外から内の二種類の矢印が書かれる。

 一枚目と違い、全身が黒く塗られておらず、人間を表す絵と同じく目にバッテンが書き込まれた。


「死んだ人間が大量の魔力を魔臓に受け入れるため必要なのが魔力開放なの。魔力開放によって一度魔力の通り道を作ると、魔力を吸収しやすくなり、魔臓の許容量が大幅に上がるわ。魔力開放の経験なしに死んだ後、魔臓の許容量を超える魔力を吸収した人間は魔人になることはできず……」


「魔物になる」


「正解」


 ふむふむと頷き、仕組みを理解しようと黙って話に集中する俺を横目で見たアメリアは、おそらく質問を促したのだろう。俺の沈黙を確認し、話を続ける。


「魔人は大気から魔力を吸収する外から内の通り道が常に解放されている。逆に内から外に魔力を全身から放出する通り道は閉じられていわ。だから魔臓はいつも大量の魔力が蓄えられていて、不老不死を体現できるの」


 アメリアは話しながら、紙上の魔物を取り囲む二方向の矢印の先の間を黒く塗りつぶしていく。

 

「魔物は外から内だけじゃなく、内から外の通り道も開きっぱなしなの。一度取り込んだ魔臓の許容量を超える魔力が外に放出され続ける。反対に大気からも常に魔力を吸収している。吸収と放出、相反する魔力の流れが身体の周りで衝突して、黒く視認できるまで高密度になり全身を囲む。これが魔物の正体」


 またアメリアがこちらを見て質問を促してくるが、生憎どんどん増える新情報を理解するのに忙しく、その優しさは今はいらない。

 再び机に視線を戻し、アメリアは説明を続ける。


「魔物は吸収より放出する魔力のほうが大きいから、時期に魔臓に溜まった魔力が切れて魔物は死ぬ。取り込んだ魔力の量によってその寿命は変わるけど、一週間から一か月あたりが普通かな。これ以上短いと、あいつらにとって魔物を作るメリットがないしね」


「あいつら? 作る?」


 なにやら不穏な単語が聞こえて気になり、聞き返す。


「これも話すと長くなるからあとでね」


「はあ……」


 アメリアはまだ一日も付き合いがないので知らないだろうが、俺は一度気になるとずっとモヤモヤしたまま抱え込んでしまうタイプだ。その分、解決した爽快感はとてつもない。

 出来れば後回しになるような話は避けてほしいと願うが、アメリアに届くかはわからない。


「君が対峙した魔物は黒い靄の濃さから考えると、生み出されてから二週間ってところだろう。魔臓に残っている魔力はわずかって感じだったよ。それでも常人には魔物は切れない。黒い靄、つまり魔力を切れるのは同じく魔力だけだから。正確には魔力を通した武器だけどね」


「つまり俺は奇跡的に魔力開放して、魔力が宿った剣で魔物を斬ることができたってこと?」


「大大大正解!」

 

 答えに辿り着いた俺を、アメリアがパチパチと両手で拍手して賞賛してくれる。

 長い長い説明に一区切りがついたのか、ソファの背の部分を使って上体をそらし、大きく伸びをする。

 何度か(つまづ)いたが、なんとか理解できたとおもう。

 アメリアの説明が上手かったのか、それとも俺の理解力が高いのか定かではないが、レオ相手に何度も質問しては未知のことを吸収してきた、あの日々が大分助けになったなったのは間違いない。

 ただ一つ、まだ理解できていないのは何故アメリアがこの話を俺にしたのかだ。

 死か忠誠の二択、ましてや俺が強くなれるかという問いの答えにもなっていない気がする。


「さて、ギルバート君。魔力とは、魔物とは、そして魔人とは大雑把にだけど理解できたと思う。そこで君は魔物についてどう思う? 善? それとも悪?」


 そう問われて答える選択は一つだ。


「悪に決まっている。魔物はミッシェルを……いや、ミッシェルだけじゃない。村のみんなも殺した」


 答えていて、腹の中から怒りがにじみ出てくる。

 善なわけがない。

 魔物と言う存在は一匹残らず消すべきだ。


「魔物が人間の死を利用して無理やり作られていても? 意思はなくて、魔臓に蓄えられた魔力が尽きていく中、生存本能で魔力を持っている人間を襲っているとしても?」


 アメリアが首を斜めにして俺の顔を覗き込んでくる。

 保留にされた、作られたという言葉が引っかかるが、じゃあ許そうという話にはならない。

 しかし、その話が事実なら魔物だけではない。根本の悪である魔物を生み出す存在も消す必要がある。

 

「もちろん悪です。ただ、魔物を生み出す存在はもっと許せない」


「その魔物を生み出している存在は魔王ギレオン。そいつが最近急激に増えた魔物出現の元凶で、この世界を魔物を利用して世界を亡ぼそうとしている親玉よ。彼が生きていて、魔物を生み出し続ける限り、トイトピー村と同じことが世界中で起こる」


 また保留にされた単語が出てきた。

 魔王ギレオン。確か、最初の魔人……。

 そいつがミッシェルを殺し、村を襲った魔物の元凶らしい。

 だとしたら。

 そうだとしたら。


「俺が殺す」


 期待通りの答えだったのか、俺の顔を覗き込んだまま、アメリアがほほ笑む。


「魔物を殲滅し、魔王ギレオンを殺す。それが私が所属する革命軍ホワイトレべリオンの目的。あなたにもう一度問い直すわ」


 アメリアがソファから立ち上がり、机の裏側に回って、座ったままの俺と対面する形になる。

 片や座っていて、片や立っているため、必然的に俺が見上げて、アメリアが見下ろす形になる。

 先ほどまでの雰囲気とは変わり、村に戻ろうとした俺に立ちふさがった時と同じ、緊迫した空気を感じる。


「死か忠誠。選んで」


 今ならわかる。ここでいう死と忠誠とは、革命軍の情報が漏れないように口封じのため殺される死と魔物を殲滅と魔王の打倒を掲げるホワイトレべリオンと行動と目的を共にする忠誠。

 一択しかない。

 死にたくないから選ぶ消極的な選択ではなく、俺の後悔が、俺の怒りが、俺の意志が選んでいる。

 俺の故郷と同じ惨状を世界中で許してはならない。

 俺が戦うべき場所はここだと確信する。

 それならば、選ぶべきは――


「忠誠」


 俺の言葉を聞いたアメリアは軽く頷き、口角をわずかに上げて微笑を浮かべる。


「ようこそ、ホワイトレべリオンへ」


 





 









第五話を最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。

ようやく物語の大筋となる、魔力、魔物、魔人の説明が終わりました。

ここまで複雑でこねくり回した設定を読んでくださった読者様には感謝しかありません。

第六話から物語が動きますので、引き続きよろしくお願いします。



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