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第十三話 ジュリアーノ・セザール

 三勢力の概要を知った後、俺はアメリアの左手にしがみついて再び空の旅に出た。

 なんでも、昨日魔物に襲われたばかりの村があるらしい。

 そこに魔力が残っていれば、多発している魔物による襲撃事件と関わりがある人物が来るはず、という算段だ。


「トイトピー村から翼で5分くらいかな。フレイル村までレッツゴー!」


 張り切って浮上したアメリアに振り落とされないように必死になっているうちに、あっという間に目的地に着く。

 トイトピー村のように外見は何も変わっていないように見えるが、人が誰もいないという光景は異常だ。

 翼をしまったアメリアに促され、近くの森に生える大きな樹の陰に隠れる。

 

「隊長の読み通り、魔力濃度がかなり高いままだわ。敵が現れる可能性は十分あると思う」


 魔力の感知がまだできない俺にもなんとなくわかる。

 隊長に刺された後のように、全身に暖かい何かが溢れる感覚がする……気がする。

 

「どのくらい待つの? 今日来なかったら野宿とかしたり?」


「そんなに待つことはないわ。大気中に霧散した魔力は長くて二日しか持たない。この濃度の魔力を敵が逃すとは思えないし、つまり今日中に必ず……」


 突然アメリアが言葉を止め、右手の人差し指を閉じた口に当てる。

 静かにというジェスチャーだろう。

 空虚な森とフレイル村に静寂が訪れる。

 耳を澄ますと、そよそよと吹く風に揺れる樹々の葉が擦れ合う音がざわめいてる。

 ガサガサと騒がしい音が上から鳴り響き……。

 

 突然上から凄まじい風が吹きつけ、重なり合う葉が一際大きな音を立てる。

 枝から離れた葉が大量に降り注ぎ、それと同時に目の前の無人の村に長身の男が降り立つのが見えた。

 

 アメリアと同じように背中から黒い翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地面に着地した男は俺よりも頭一つ分以上背が高く、その背丈以上に長い槍を右手に持っている。

 細長い白い柄から伸びる三角錐状の槍頭部分は真っ赤に染められており、正体不明の男が軽々と片手で持っているそれは見るからに重そうだ。


「あの人、アメリアさんと同じように翼使ってましたよね。俺たちのように魔人化している……? ここに現れたということは敵でしょうし、王国騎士団の誰かですか?」


 敵に聞かれないように出来るだけ小声で話すように心がける。

 ひそひそ声でも聞こえる距離まで近づいたアメリアが首を横に振った。


「違うわ。あれは魔王ギレオンの配下よ……。十傑唯一の槍使い、ジュリアーノ・セザール」


 初めて目にする、隊長以外の十傑。

 無造作に伸ばされた雪のように白い髪が風でなびき、堀の深い顔が露になる。

 細い眼と薄い唇に高い鼻。

 長身にしては筋肉質というわけでもなく、スラっとしたスリムな身体からは背丈を超える重量感抜群の槍を片手で持つ力がどこから出ているのか疑いたくなる。

 黒い翼を使っていた以上、ジュリアーノは魔人化しており、実際はもっと長い年数を生きているだろうが、見た目だけなら隊長より少し年下、三十代に見える。


 魔人兵計画を企んでいるヴァレンシア王国が、魔力開放経験者が住んでいる可能性がある村を襲っているという予測が正しかった場合、現れるのは王国関係の人のはずだ。

 しかし、真っ赤な槍を携えたジュリアーノはギレオンの配下だという。

 隊長の推測が間違えていた? それとも王国は魔王と繋がっている?

 目の前の長身の男が何を目的にしてこの場に来たのか、慎重に見極める必要がある。


 まずはアメリアに指示を仰ごうと、小声で声をかけようとしたその時。


「我の名を呼んだか?」

 

 俺とアメリアの全身を完全に隠していた大木が、根本付近から真っ二つに砕け散る。

 反対側から衝撃を加えられた大木の残骸が、細い枝や粒となって俺とアメリアに勢いよく飛んでくる。

 そして、空中に四散した細かい茶色の破片をさらに蹴散らしながら、真っ赤に染まった槍の切っ先が俺の顔面に迫るのが辛うじて見えた。


 わずか一瞬の出来事に俺は全く反応できず、突然現れた鋭利な刃先が顔に突き刺さるのを覚悟した。


――死んだな、これ


 目前まで迫った槍の先が俺の眉間を正確に捉え、肌に触れた。

 全身から汗が吹き出し、今はもう意味がない呼吸が止まり、息ができなくなる。


「危ない!!」


 硬直する身体がとてつもない力で後方に投げ出された。

 突然空中に放り出され、バランスが取れない中で視界に捉えたのは、隣にいたアメリアが右手で抜刀し、左手を不自然に俺のほうに向けている姿だった。

 おそらく彼女が咄嗟に槍の射程外に俺を投げ飛ばしてくれたのだろう。


 そのまま勢いよく背中から木に叩きつけられたが痛みはない。

 破片となって飛んできた大木の残骸に当たっても痛みがなかったし、魔人に魔力が通った攻撃以外は効かないというのは本当だろう。

 しかし、十傑ジュリアーノが操る槍はその魔力が通った攻撃に当てはまるはずだ。

 喰らっていたら確実に死んでいた。

 これで俺はアメリアに二度命を救われたことになる。

 

「強敵は女の方か。魔力の判別は難しい……狙い損ねてしまった」


 遠目に見えるジュリアーノが槍を構える姿勢をとる。

 すかさずアメリアは後方に飛んだ俺ところまで一瞬で移動し、長刀を両手で握って剣先をジュリアーノに向ける。

 

 森の中で初めてアメリアに会った場面がフラッシュバックする。

 あの時も俺を背に、彼女は敵と対面して守ってくれた。

 でも今は隊長から貰った力がある。

 魔人化した俺なら戦えるはずだ。

 

 木に叩きつけられた衝撃で落とした剣を拾って、両手で構える。

 やはり、異常なまでに軽い。

 

「アメリアさん、俺も戦います!」


 睨み合ったまま動かないジュリアーノを確認し、素早くアメリアの隣に陣取る。

 二対一。

 いくら相手が十傑でも、こちらが有利に決まっている。

 

 俺の考えを悟ったのか、対面したジュリアーノがニヤリと笑った。

 槍を持つ右手を引き、姿勢を一段落とす。


「下がって!!! 今の君が戦える相手じゃない!」


 初めて聞いたアメリアの怒声に驚き、剣を持つ両手に込めた力が強くなる。

 

 直後、凄まじい衝撃と共に力強く握った剣が勢いよく上に弾かれ、剣ごと再び吹っ飛ばされる。

 その勢いはアメリアに投げ飛ばされた時の比ではなく、森に生える樹々を次々とへし折りながら、俺の身体は数メートル先まで止まらずに空中を進み続けた。


 ようやく勢いが止まり、何とか地面に着地する。

 生身の人間なら身体中ズタボロに引き裂かれてて死んでいてもおかしくない場面だったが、痛みどころか、ローブを始め、全身にこれといった外傷はない。

 改めて隊長に心の中で感謝をし、離さなかった剣を杖代わりに地面に突き刺して立ち上がる。

 だいぶ離れてしまったが、ジュリアーノとアメリアの姿はまだ見える。

 二人はそれぞれ武器を構えたまま動く気配がない。

 ジュリアーノに至っては、空から降り立った場所から一歩も動いていない……。


 動いていない?


 再び槍を構えて攻撃する構えを取るジュリアーノは、確かに最初に彼を見た場所から位置を変えていない。

 その場所から今はもう跡形も無い俺とアメリアが隠れていた大木までは、ジュリアーノが持つ槍の長さよりもかなり距離がある。

 ましてや、俺がアメリアに投げ飛ばされた位置までは届くはずがない。

 それなのに、ジュリアーノはその場所から動かず、俺を正確に貫きかけた。

 

「必ず何かタネがあるはず……」


 何か掴もうと、ジュリアーノの槍の謎の解明に意識を向けようとしたその時。


「ギルバート君避けて!!! こいつの槍は――」


 アメリアの警告が聞こえ、頭で考えるより早く、全身を捻って身体を右に倒す。

 

「伸びる!!!」


 アメリアの怒声と共に、一秒前まで俺がいた場所に真紅の槍が現れた。

 

 

 









第十三話を最後までお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。

ついにバトルシーンが始まりました!

ここまで本当に長かった……。

今後は戦闘と謀略が何度もぶつかり合う楽しい展開が続きますよ!

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