グミが好きな女の子の話
なろう様での投稿は初めてです。よろしくお願い致します。
「味、と言うよりはね? 私はきっと食感が好きなんだと思う」
いつもの屋上で一緒にお昼ご飯を食べている彼女は、今日もまたグミでお腹を満たしていた。
「ねぇ、またグミだけなの? たまにはしっかりしたものも食べなきゃダメだよ?」
私は彼女をそうやって叱るけど、あまり強く言えない私の性格じゃあ、彼女の食生活を改善するまでには至らない。
「ところでさ、ゆうはお菓子の中では何が好きなの?」
彼女は私を『ゆう』と呼ぶ。私の名前は友達の『友』に、『香り』と書いて『ともか』と読むのだけれど、彼女は最初に私の名前を誤って『ゆうか』と読んで以来、意地を張って『ゆう』と呼び続けているのだった。
「私、お菓子はあまり食べないからなぁ」
「それ、本気で言ってる? ゆうの食生活ってどうなってるのさ?」
「うわ、それミィちゃんにだけは言われたくないなぁ」
私は彼女をミィちゃんと呼んでいた。本名に由来しているわけではなくて、グミが好きな女の子だから、グミの『ミ』をとってミィちゃん。猫みたいな名前だけれど、自由奔放で気ままな彼女には、むしろ似合っているとさえ思う。
「話は戻るけどさ、グミの味よりも食感が好きって言ったけど、私は柔らかいものよりも硬いものが好きなんだよね」
ミィちゃんはいつも海外製の硬いグミを食べていた。ご両親から昼食代として渡された500円玉で、彼女はいつだって200円くらいのグミと、100円のお茶だけを買って登校してくるのだ。
「ミィちゃんがいつも買ってくるグミって、くまさんの形をした海外のかた~いグミだよね?」
私がほんの少しだけグミに興味を示せば、ミィちゃんはすぐに嬉しそうな顔をした。
「ぶっぶー、残念。確かに私がよく買うグミのシリーズで一番人気なのはくまさんのやつだけど、私が一番好きなのはコーラ味のやつだから」
味よりも食感って言っていたくせに、味にだってちゃんと好みがあるんじゃないかと思ったけれど、口には出さなかった。
「それと、今日買ってきたのはそのシリーズじゃなくて、別のやつなの」
「別のやつ?」
「そ。まぁ、これも硬いやつではあるんだけどね」
そう言ってひらひらと見せてきたパッケージには、ソーダ味、ジンジャーエール味、コーラ味の三種類のグミが描かれていた。
「やっぱり、コーラ味が好きなの?」
「まぁ、コーラ味に惹かれてこれを買ったのは事実だね。でも、このグミは食べたことがないから、一度食べておきたいなって」
同じグミなのに、そんなに違うものなのかなぁって思った。だって、いつも食べてるやつも、今回のこれも、どっちも硬くてどっちもコーラ味なんだもん。今日のやつは違う味が入っているのかもしれないけれど、毎日同じようなものばかり食べていて飽きないのかな、なんて思っていた。
「そういえばさ、ミィちゃんって家では何を食べてるの?」
「家? 晩ご飯なら、お母さんが作ってくれたものを食べてるよ?」
それを聞いて、私は安心した。ミィちゃんのご両親は、ミィちゃんのことを愛していないわけではないだろうけれど、とても忙しい人であるようで、いつも昼食に500円だけ渡されているミィちゃんのことを、私はずっと心配していたのだ。
けれど、よかった。どうやら晩ご飯はしっかりしたものを食べているみたい。
「あ、でも、今日はお父さんもお母さんも帰ってこないから、多分家に帰ったら晩ご飯代のお金が置いてあると思う」
「え!?」
安心は束の間だった。どうやらミィちゃんのご両親は本当に忙しい人のようだ。
「出前でも取りなさいって、2000円くらい置いてあるんじゃないかな」
2000円もあるなら、少なくともグミよりはいいものが食べれそうだと、私は少しだけ胸を撫で下ろした。
「出前は何を取るの?」
「取らない」
「は!?」
ミィちゃんはつくづく私を不安にさせたいのか、毎度予想に反した答えを返してくる。
「じゃ、じゃあ、今日の晩ご飯はどうするの?」
「帰りにグミを買ってくかな。2000円はそのまま親に返す」
「はぁ!?」
ポケットにそのまま入っていたお昼代のあまりの200円をチラつかせながら、ミィちゃんは言った。
「てか、そもそも晩御飯代に2000円とか高すぎだよね。なんならうちの親、もとはお昼代もいつも1000円札で渡してきてたからね。私が500円でいいって言い続けて、なんとかそうしてもらえたけど」
なんだか本当に心配になっていて、私はミィちゃんに言った。
「ねぇミィちゃん。今日ミィちゃんの家に行っていい?」
「おおう、なんだなんだ? 急にどうした、ゆうさんや?」
まるで私の言ったことが冗談だとでも思っているようなミィちゃんは、茶化すような口調でそう言った。
「晩ご飯、私が作るから」
「え、と……ゆう?」
「心配なの! 分かるでしょ!?」
「別に、心配なんてしなくていいのに……」
「何!? 私を家に入れるのがそんなに嫌なの!?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ決まり! ということで、今日はミィちゃんの家に行くから」
「う、うん」
すっかり気圧された様子のミィちゃんを放っておきながら、私は一人考えた。お米はさすがにあるだろうから、お野菜だけ買っていこう。ミィちゃんにはお野菜をいっぱい食べて欲しいし。調味料は……まぁ、あるものを借りればいっか。万が一調味料が揃っていなかった場合も考えて、固形のコンソメだけは買っていこう。最悪、野菜を茹でた鍋に固形コンソメを刻んで投入すれば、簡単なポトフくらいにはなるだろうし。
「それにしても、驚いたわ」
ふと、ミィちゃんが言い出した。
「ゆうが、あんなに強く言ってくることもあるんだね」
「……私、そんなに強く言った?」
「言った言った。少なくとも、あんなゆうは初めてだったよ」
「う……なんか恥ずかしいな」
それからミィちゃんは照れ臭そうに言った。
「……まぁ、でも、ありがとね?」
「え?」
「だって、私のことを心配してくれたんでしょ? だから、ありがと」
今度は私がポカンとしてしまった。
「な、何? ジロジロ見て……」
「驚いた。ミィちゃんってちゃんとお礼が言えるんだね」
「む、失礼な。さすがにお礼くらい言えるよ!」
「あはは! お顔、真っ赤だよー? ミィちゃんって、案外照れ屋さん?」
「も、もう、うるさいな! せっかく人が珍しくお礼を言ってやってるっていうのに!」
「珍しいってこと、自覚してるんじゃん」
「もう! あー言えばこー言う!」
ミィちゃんをからかうのが楽しくて、ついいじわるなことを言ってしまう。だけど、ミィちゃんも楽しそうにしてたから、きっとそんな会話もたまにはいいよね。
やがて、お昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「って、もうこんな時間だ! ミィちゃん、急ぐよ!」
広げたままにしていたランチボックスを、私は急いで片付ける。ミィちゃんはといえば、片手にグミの袋、片手に飲み物を持った状態で、既に教室に戻る準備を終えていた。
「ゆう、まだ?」
「もうちょっと待ってよ、ミィちゃん!」
お弁当箱を重ねて、ランチクロスで包みこむと、それをランチバッグに入れて、私は立ち上がった。
「お待たせ、ミィちゃん!」
「ん」
短く返してきたミィちゃんは、それからグミの袋をこちらに差し出してきた。
「グミ、ゆうも食べる?」
「へ?」
私は少しだけためらったけど、ややあってから袋に指を入れ、適当に取ったそれをそのまま口に運んだ。
「あ……」
「え? な、なに、ミィちゃん?」
「今、コーラ味食べたでしょ」
「……言われてみれば、コーラ味な気がする」
「もう。コーラ味は私が一番好きな味なのに」
「そ、そんなこと言われても……」
ほとんど見ずに適当に取ったのだから、コーラ味を食べてしまったことくらいは大目に見て欲しかった。
「なんか、ごめんね?」
そう伝えると、ミィちゃんはへらりと笑って言った。
「トクベツに、ゆうだけは私のコーラ味を食べても許してあげるよ」
その笑顔に、私はドキリとした。
「ほら、ゆう。早く教室に戻らないと、午後の授業が始まっちゃうよ」
手荷物の少ないミィちゃんは、すでにもう入口の方に向かっており、こちらを急かしてきた。
「あ、待ってよ、ミィちゃん!」
ようやくグミを飲み込んで、私はランチバッグを手に、ミィちゃんの傍へと駆け寄った。
それでもやっぱりお菓子はそこまで食べたいとは思わないけれど、もし次に「好きなお菓子は?」と聞かれたら、私は迷わず『コーラ味の硬いグミ』と答えるだろう。枕詞に『君と一緒に食べた』なんてつけるのは、あまりにも恥ずかしいから、そこだけは伏せたままにしておいて。