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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第92話 秋の訪れと彼女の変化

4Kの優勝に僕が鮮やかに貢献したインカレも無事に終わり。

夏の暑さも急激にどこかへ消えていくと、絹山大学陸上部には小さな変化が起こった。

毎年のことだが、一部を除き4年生が引退し、トラックの上から姿を消してしまったのだ。


一部の選手は練習に励んでいるが、多くの4年生が一気にいなくなって閑散としている。

もちろん、国体もあるしシーズンはもうちょっと続く。

しかし、大学生にとって、インカレというのは一つの区切りになることが多い。

この時期から新入生が入ってくるまで、毎年、少し淋しい感じがする。


(うん?)


そんな金曜の午後、僕は学生協の階段の下で見覚えのある光景に出会った。

つまり、階段の下りたところで、ミキちゃんがぺたんと座り込んでいたのだった。


この時期にしては珍しく風が強かったから、例によって足首を捻ってしまったのかも。

長い髪の毛が風で揺れていて、ミキちゃんはそれを結んでいるところだった。


「大丈夫?」


小走りで階段を下りていって声をかける。

ミキちゃんは半分だけ振り向いて、また前を向いた。


「大丈夫」


「立てる?」


「平気」


口ではそういうけど、多分、平気ではない。

もしそうだったら、ミキちゃんはさっさと立ち上がって歩き出す人だ。

ちょっとだけ考えて、僕はきょろきょろと周囲を見回した。

誰もいないのを確認すると、ミキちゃんの前に移動して腰を下ろす。


「トラックまで」


前は突き飛ばされたけど、今度は反応がなかった。

首だけ捻ってミキちゃんを見ると、少し眉毛が持ち上がっている。

黙って待っていようと思ったけど、さすがにちょっと恥ずかしくなってきて付け加えた。


「トレーニングの、一貫として!」


そんなふうに、アピールしたのがよかったのかもしれない。

少しだけ待っていると、そっと、ミキちゃんの手が僕の背中に触れたのが分かった。

何だかその部分だけ、熱をもってものすごく温かくなった気がした。


「星島君、意外と背中、筋肉付いてるわね」


ミキちゃんが呟いて、思わず笑ってしまう。

まったくもって、陸上バカだ。


「こういうときってさ、普通、背中広いわねって言うもんじゃない?」


「広いのは知ってたけど。もう少し肩の周りが…」


さわさわと撫でられる。

 

なんだかなあと思っていたのだが、それは照れ隠しだったらしい。

しばらくして、ミキちゃんは遠慮がちに僕の肩にしがみついてきた。

長い髪が僕の背中を覆って、温かかった。


「よいしょ」


ミキちゃんの足をつかんで一気に立ち上がる。

少し体勢を整えると、僕は坂道を歩き出した。

最近はやっていないけど、昔はよくこうやって階段を上っていたりしたものだ。


「軽いね」


軽い。

そして、ふんわり柔らかくて温かい。

思わず、鼻が伸びてしまう。

 

「ミキちゃん、スタイルいいもんなあ」


僕も照れてしまって、そんな軽口を叩いた。


「こう、しゅっとしてるもんね」


「そうでもないけど。私もちょっと運動しないと…」


「ミキちゃんは、陸上以外だと何が好きなの?」


「見るのは何でも好きだけど。サッカーとか」


「サッカーかあ。横浜はクラブあるもんね」


「試合は、見に行ったことないけどね」


絶好のボールが、目の前に転がってきた。

どフリーだ。

ゴールは目の前。

打て、打て、打つしかないでしょ!


「じゃあ、今度見に行ってみる…?」

 

思い切って、シュートしてみた。

ミキちゃんはちょっと黙って、それから、僕の肩に置いた手をぎゅっと握った。


「まあ、機会があったらね」


微妙なリアクション。


表情も見えないし、どんな反応なのかよく分からない。

これ、得点?

それともノーゴール?

よく分からなかったが、言葉を重ねる前に、トラックに到着してしまった。


(ふう…)


トラックへの階段を下りると、さすがに疲れて息が切れる。


トラックの上の人影はまばらだった。

みんな、トレーニングか何かだと思っているのだろうか。

何人かが僕たちを見たけど、あまり関心を持っていないようだった。


「お」


僕たちに気付いて、詩織ちゃんが救急箱を片手にまっしぐらにかけてくる。

 

そんなに速くない。

でも、足は速くても気付いて無視している人間の数倍は価値があるというものだ。

何でもなかったらなかったで笑い話で終わるだけの話で、なかなかこうはいかない。

ミキちゃんの教育のたまものだろう。


「何かあったんですか?」


「大丈夫」


ミキちゃんが強がりを言ったので、僕は訂正した。


「また足捻ったみたい」


「やっぱり。見せてください」


ミキちゃんを芝生の上に下ろすと、詩織ちゃんはシップを張ってテーピングをした。

いつの間にか、テーピングの腕前がかなり上達している。


「村上さん、クセになってるんだから気を付けてくださいね」


「うん。ありがとう」


「はい、星島さんにはごほうび」


「わーい」


黒砂糖飴。

これがまた、無性に甘いのだ。


忙しそうに詩織ちゃんが戻っていって、ミキちゃんはゆっくり立ち上がった。

手を伸ばしたら黙ってつかんでくれたのが、ちょっとうれしかった。


「ありがとう」


「うん。どういたしまして」


怒られないうちに、ぱっと手を離す。

さすがに、このへんはだいぶ学習しました。


「油断してると、ときどきなるのよね」


珍しく、ミキちゃんが自分のことを語った。

なんか、言い訳がましくてちょっと可愛い。


「足首はクセになるっていうよね」


「もうなってるみたい。たぶんずっとこうだと思う」


「そっか。痛い?」


「大丈夫。星島君も気をつけてね。大事な体なんだから」


「うん」


なんか、前よりだいぶ仲良くなっている気がする。

ミキちゃんと、ちょっとだけ陸上以外の話をした。

 

それに、おんぶだけど、密着して体に触った。

思わず、僕の鼻の下は、1マイルくらいに伸びてしまったのだった。

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