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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第9話 陸上部の女王様

一通り、アップを終えて。

加奈のことをミキちゃんに任せて、練習をしようとしたときだった。


「だーれだ」


女の人の声が聞こえて、僕はいきなり背後から首を絞められた。

普通、「だーれだ」のときは目を隠すものなのだろうが、彼女はそういう悪戯がとてつもなく大好きなのだ。


4年生の浅海杏子さん。

アンコさんって言うと怒る。キョウコさんだ。

女子400mでは日本トップクラスの選手である。


「ちょ、杏子さん、苦しい」


「あっはははは!」


ただし、性格はかなり捻じ曲がっている。

ミキちゃんと違って、この人の場合は単なる悪意の塊だ。


「もう一回もう一回」


言いながら首を絞める。


「息、息できない」


「あっはははは!もう一回」


「いいがげんにぢないど怒りまずよ」


杏子さんはもう、とにかくこんな人だ。

しょっちゅう、誰かに悪戯したり嫌がらせをしたり。

あるいは嘘をついたり、秘密を暴いたりしていて最低の人間だ。


でも、姉御肌で面倒見がいいので不思議と憎めない。

だから、こうやって僕の首を絞めていても、誰もが何事もなかったかのようにしている。

部員にとって、見慣れた光景なのだった。

かかわるのが面倒だと思ってるのかもしれないけど。


「また星島にちょっかい出してるのか」


たまたま通りかかった、前キャプテンの柏木さんが声をかけてくる。

杏子さんは首から手を離して、背後からぎゅっと僕を抱き締めた。


「だって可愛いんだもん」


「好きなんだろ」


「今日から付き合うことになったの。ね?」


僕は慌てて首を振った。


「嘘です、嘘です」


柏木さんは苦笑して歩いていったけど、杏子さんは手を離してくれなかった。


「星島、あたしのこと好きなんでしょ?」


「な、なんでそうなるの」


「あたしのことチラチラ見てたじゃない」


「見てませんよ」


「見てました。こないだ」


「見てない見てない」


「トレパンはいてたらさ、じろじろ見てたじゃない」


「見てないって」


「トレパンフェチ?」


「違います。見てないから」


「トレパンめくって日焼け止め塗ってたら、ちらちら見てたじゃん」


いや。

それは見てた。

見てたな…。


ごめんなさい、見てました…。


「ま、まあいいから、とりあえず離して」


「やだ」


「頼みますから」


「本当はうれしいくせに。うりうり」


杏子さんがぐりぐりと体を押し付ける。

そう、実はものすごくうれしいのだ。


正直、うちの陸上部には美人が多いと思う。

断トツに美人なのはミキちゃんだろう。

文句の付けようのない大美人だ。見た目は…。


ハイジャンプの1年生、水沢咲希は中性的な美人で、女の子から人気があっていつも何人かに囲まれている。

ベリーショートのハンサムな女の子で、とにかく二枚目だ。

背も高いし、髪を伸ばして歌劇団に入ったらトップスターになれるかもしれない。


新見沙耶も、健康的な美女アスリートとして評判である。

残念キャプテン高柳さんと付き合ってる、長距離の鏑木亜由美さんも美人。


そしてこの浅海杏子さんなわけだが、ほかの子に比べて、スポーツマンらしからぬフェロモンを持っている。

いわゆる「いい女」なんだけど、それを堂々と武器にしたり、あるいは逆にすっかり忘れてしまったりする。

つまり、そういう意味では一番大人なのかもしれない。


「ほら、みんな見てるから離して」


「じゃ、人のいないとこ行く?」


「行きません。てか練習中だし」


「練習終わったあとならいいわけだ」


この人は、本当に、もう…。

相手をするときりがない。

だから、一番の対処法は話を逸らしてしまうことだ。

そう気付いたのはごく最近のことだった。


「杏子さん、練習は?」


「ん?」


「今年こそ、優勝できるといいですね。日本選手権」


「うーん。いっつも由紀さんにやられるんだよね。なんかいいアイデアない?」


由紀さんってのは、ライテックスの小林由紀。

女子400mの日本記録保持者で、杏子さんのライバルとも言える存在だ。

いや、現時点では、目標と言ったほうが正確かもしれない。

大きな大会に限って言えば、対戦成績は目下のところ全敗なのだ。


「アイデアですか」


「チュニジア娘に呪いでもお願いしよっかな」


「呪い…、のろくなるように?」


やっと手を離してもらえたと思ったら、無言で首を絞められた。

ギャグには厳しい人です。


「す、すみませんでした…」


「分かればよろしい」


自慢じゃないけど、僕は女の子と付き合ったことがない。

女の子に抱き締められたのも初めてだったので、体が離れて、体温が空気中に拡散して残念だった。


「どうすれば勝てるかねえ」


髪を指でくるくるしながら杏子さんが考える。

セミロングにカールがかかっていて、はっきりした顔立ちによく似合う。


「練習しかないんじゃないかなあ」


「まあそうなんだけどさ」


杏子さんは真顔で考えてみせて、それからぽんと手を打って僕を見た。


「やっぱ作戦Sしかないかな?」


「作戦S?」


「え。知らない?」


目がきらきらと輝いている。

どうせ、ろくでもないことを思いついたのだろう。


「知らない」


「聞きたい?」


「一応、聞きましょう」


「前の晩、由紀さんの部屋に星島が忍び込んでさ」


「その時点で犯罪ですね」


「こう、一晩中、由紀さんの足腰がふらふらになるぐらい激しくエッチをね」


「もういいです」


そう。

杏子さんは、こういう人なのだ…。

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