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対角線に薫る風  作者: KENZIE
85/206

第85話 集中と拡散

10秒29の、素晴らしい自己ベスト。

横綱になった気分で引き上げて、サブトラでダウンをして待機場所に戻って一息つく。


準決勝は15時からなので、あと約2時間だ。

だけど、招集や何やらの時間を考えると実際にはあと1時間半くらい。

1時間半前ならアップを始めていてもおかしくない。

レース間隔が短いと、なかなか難しいものがある。


「あ」


「ん?」


「カキフライがいいな。ごちそう」


待機場所に戻ってきたミキちゃんに言うと、眉毛を持ち上げられた。


「ごちそう?」


「あ、いや、浅田次郎に勝ったらごちそうしてくれるって…」


軽く睨まれる。

別に怒られるようなことは言っていないのだが、思わず口をつぐんでしまう。

だけどミキちゃんは何も言わず、バッグの中に手を入れてごそごそした。

小さなビニール包装の物体を僕に差し出す。


「ん?」


「ごちそう」


「あ、ありがと…」


カロリーメイトだった。

何となく受け取ってしまって、それで何も言えなくなって、黙ってそれをかじった。

チーズ味だった。


パサパサしてて、口の中が乾くし。

クッキーのでき損ないみたいな味なんだけど、どうしてこんなに美味しいんだろう。

とにかく、なぜかクセになるのだ。

100円ならいっぱい買うんだけどなあ…。


「走り、どうだった?」


聞いてみると、ミキちゃんは軽くうなずいた。


「そうね。70点ぐらいかな」


「70点」


「まあまあ」


まず、及第点といったところらしい。


「前半は80点ね。後半は、70点」


ミキちゃんに評定されて、一瞬、僕は納得しかけたが、


「あれ、それだと、平均75点じゃない?」


指摘すると、ミキちゃんは肩をすくめた。


「タイム見てびっくりしてるのかっこ悪かったから、マイナス5点」


「そんな減点ポイントがあるんだ…」


「ビデオ撮ってあるから、あとで反省会ね」


「今見れない?」


「見れるけど」


バッグから、ミキちゃん自慢のノートパソコンが登場する。

ドラえもんがポケットから秘密道具を出す効果音を想像していただければいいだろう。


ビデオを撮り込んで再生。

多少、手ぶれがあるけど鮮明な影像だ。

便利な時代になったものです。 


「スタートばっちりだった」


「そうね。接地もいい感じじゃない」


「うん」


スローで確認する。

かかとやつまさきではなく、足の裏全体で着地している。

足の切り返しは速いし、バネのように足を運んでいて前半はかなりいい。


僕としてはかなりいい走りだ。

だけど、全体的に力が入っていたようだ。

加速がまだまだで、そのせいで後半、ちょっとブレーキがかかっているような気がする。


「上体ぶれてるわね」


「うん。大丈夫だと思ってたんだけど」


「筋力が足りないのかしら…」


もっとも、それを今、指摘されてもすぐに修正するのは無理だ。

とりあえず、今ある武器で準決勝に挑むしかない。


「それと、前にも言ったけど」


PCを閉じながら、ミキちゃんは真面目な顔で言った。


「結果が悪くても良くても、それは忘れて次に臨むようにすること」


「あ、うん」


「悪いときだけ切り替えようとしても難しいから、常に切り替えるクセ付けちゃって」


「了解」


肉体にアップとダウンが必要なように、精神にも集中と拡散が必要なのだ。


その点、本間君は上手だと思う。

レースが終わったらパパっとダウンをして、あとはずっと寝転がって音楽を聞いている。

それぞれのやり方があるので、僕も自分に合った方法を探らなければなるまい。


「星島君は、美味しそうな料理の写真を見るとかでいいんじゃない」


ミキちゃんに言われて、僕は苦笑した。


「サブトラでそんなことしてるやついたら変だよね」


「いいじゃない。どうせ変態なんだから」


冗談ではなく、至極真面目な表情のミキちゃん。

思わず僕は、ばたんと倒れこんでしまったのだった。

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