第75話 人妻は別に
別荘に引き上げたのは午後4時ぐらいだった。
シャワーを浴びて、1階に集まって飲み物を飲みながらみんなでごろごろする。
別荘が初めての真帆ちゃんと織田君と水沢さんは、いろいろと興味津々のようだった。
「すごいなあ。お金持ち、いいなあ」
真帆ちゃんは落ち着きなくキョロキョロして、キッチンに行ってウロウロする。
そして戻ってきて、ソファーに座ってまたキョロキョロした。
織田君も似たようなものだ。
たぶん、去年の僕もこんな感じだったのだろう。
「夕食、何かリクエストありますか」
一通り、キッチンで食材をチェックしていたミキちゃんがホールに顔を出して聞いた。
ちょっと慌てて水沢さんが立ち上がる。
「ごめんなさい、手伝います」
「いいわよ、別に」
「いえ。やらせてください」
一瞬、真帆ちゃんも腰を浮かしかけたけど、またすぐに腰を下ろした。
「あたしは料理苦手なんで、後片づけ」
真帆ちゃんまでそんなことを言ったので、自分も何か言わないとまずいと思ったのだろう。
一生懸命、ストローでジュースを吸っていた加奈が顔を上げた。
キョロキョロとみんなの顔をうかがって、だけど何も言わずにまたストローをくわえた。
参加するとかえって邪魔になりそうだからそのほうがいい。
「お寿司とか、食べたくな~い?」
と、杏子さんが真帆ちゃんのちょんまげを引っ張りながら言った。
さすがにそれは無理なのか、ミキちゃんはちょっと困った顔をした。
「ちらし寿司なら何とかなりますけど」
「ちらし寿司か。それでもいいけどネ…?」
「お刺身にできそうな生魚がありませんから」
杏子さんが引っ張りすぎて、真帆ちゃんのちょんまげがびよーんと伸びる。
真帆ちゃんはリラックスした表情だったけど、首がぐらぐらしていてちょっと怖い。
「ちらし寿司もおいしいけどネ?でもやっぱり?ご馳走といえばお寿司みたいな?そういうのあるよネ…?」
出た。
ぎこちない女王。
素直にお寿司食べたいって言えばいいのに…。
「いや別にあたしはなんでもいいんだけど?せっかくみんな集まったし?なんかご馳走的なやつがいいよネ?出前もできるし?」
「今日はざるうどんか何かにしようと思ってましたけど」
「ざるうどんも美味しいけど?ビールに合わないし?せっかくみんな集まったし?出前とかもあるし?」
「出前でもいいですけど、10人前くらい食べそうな人がいっぱいいますから大変ですよ」
「でも、せっかくみんな集まったし?ざるうどんも好きだけど?」
「…じゃあ、お刺身だけ出前してもらって、あとは何かつくりましょうか」
ミキちゃんが提案すると、杏子さんの顔がぱっと輝いた。
「刺し身定食?いいんじゃない?それいいよね?」
興奮気味にちょんまげをぐりぐり回し、真帆ちゃんの頭がぐるんぐるん回る。
「お刺身だけ注文して?それいいよネ?ざるうどんもおいしいけど?」
「それはもういいから」
つっこむと、杏子さんはほっぺたを膨らませてぺチンと僕を叩いた。
それから、立ち上がっていそいそと電話口に向かってアドレス帳を持ってくる。
珍しく自分で動いた。
そう思っていると、アドレス帳をぱらぱらめくって千晶さんに差し出す。
「頼んで~!」
自分では頼めないのが杏子さんの可愛いところだ。
「えーと、ひのふの、9人?」
杏子さん、千晶さん、僕とミキちゃんと聡志。
それから織田君と加奈と真帆ちゃんと水沢さん。
「20人前でいっか。イカ多めで。ボーナス出たからぱーっといこ!」
「わーい!」
加奈と真帆ちゃんが拍手をした。
1人前いくらなんだろう。
僕はそんな心配ばかりしてしまった。根が小市民なのだ。
違うな。
単なる貧乏王か…。
30分くらいで出前のお兄ちゃんが来る。
千晶さんとミキちゃんが桶を運んできたけど、相当な量だった。
「食べ放題だね、こりゃ」
杏子さんが嬉しそうにウヒヒと笑う。
ちょうど料理ができあがったころだったので、タイミングはばっちりだった。
ご飯と、あさりの味噌汁。
それと筑前煮に野菜炒めと完全に和食でまとめてきた。
これだけで、じゅうぶんすぎるような気がする。
そのほかに大量のお刺し身が並んで、久々に豪華な食事だった。
「おいしそう!」
「いただきます!」
「いただきまーす!」
みんなでいただきますをすると、杏子さんはさっそくイカの刺し身に箸を伸ばした。
しょうゆを付けて、つるっと食べるとぐいっとビールを飲んで快哉を上げる。
「くーっ、旨い!」
まるでおっさんだ。
「やっぱイカが一番美味しい!」
杏子さんが言って、好物自慢が始まる。
「あたしはイクラ!」と真帆ちゃん。
「私はハマチですね。ウニは苦手」と水沢さん。
「ウニ美味しいじゃん!」と杏子さん。
「ネギトロ!」と庶民的な加奈。
「ネギトロってさ、ホントにマグロ使ってるのかね」また杏子さん。機嫌がいい。
「お寿司だとアナゴが一番かも」
千晶さんが言うと、加奈がぱっと手を挙げる。
「あたしも!」
「ホタテが好き」
織田君の言葉に、加奈がうれしそうに手を振った。
「あたしも!」
「加奈は全部好きなんでしょ」
杏子さんに突っ込まれて、加奈はえへへと笑った。
何だかんだいって、日本人なのでみんな寿司や刺し身は大好きだ。
ミキちゃんは何も言わなかったので好物は分からず。
聡志はどうでもいい。
ちなみに僕は、中トロが好き。
それと、付け合わせの大根のつまも大好きだ。
しょうゆをかけていただくのが美味しい。
残す人も多いけど、僕は全部食べてしまう。
何でか分からないけど、シャキシャキしてて好きなのだ。
「つまを食べる人って、出世するんだって」
杏子さんが言ったけど、いまいち信憑性がない。
「出世する気が全然しないんですけど」
「そう?」
「就職できるかも怪しい気がする」
「ふーん。もっと食べる?」
「うん」
「人妻とかも好き?」
「いいから」
杏子さんはウヒヒと笑った。
本当、この人はまったくもってさっぱり全然変わっていなかった。




