第71話 クラッカーにチーズとか乗せたやつ
その後、道場のメンバーと練習を始める。
いつの間にか、加奈と宝生さんは仲良くなっていたらしい。
加奈とおしゃべりをしながら、時折、宝生さんは笑顔を見せている。
「かなっぺ、ファン・バステンと知り合いなんだ。すげえじゃん」
口の聞き方が気になったし、何かカナッペっていう食べ物があった気がする。
ファン・バステンとは知り合いじゃないと思うけど、まあよかろう。
「もうね、ファン・バが土下座してお願いされて!」
「土下座!」
「どないしてもキーパーやってくれって!」
身振り手振りを交えて、加奈がうれしそうに語る。
突っ込みどころが多すぎる。
まず、日本語がおかしい。
それはまあ帰国子女だから仕方ないにしても、ファン・バって略し方は絶対ない。
それに、チュニジア人はたぶん土下座しないと思う。
ファン・バステンならなおさらしない。
いや、ファン・バステンはチュニジア人じゃない。
あと、どないしてもってどこで覚えてきたんだ。
「こう、びしーっとね!試合で、シュートを全部びしびしびしっととめてたらね、よっしゃ、じゃあ今度いっぺんブラジル代表と試合組んでやるって言われて」
「ファン・バステンから?」
「ううん、ええと…、ライカールトだったかな」
「すげえ!ライカールト!」
サッカー好きなのか、宝生さんの目がきらきらと輝いている。
でもそんな簡単に信じちゃいけないと思うんだ。
意外と、ピュアなのかしら?
「そんでそんで、ブラジル代表もびしっと0点で押さえたの!ブラジルの人にも褒められたんだよ!ええと、誰だったかな。ペレ?」
「ペレ!王様じゃん!」
人物名はすべて間違っていると思う。
何かこう、適当なチュニジア人やブラジル人の名前を想像してください。
サワディー!とか。
ゴンザレス!とか。
ダ・シルバ!とか。
「そんでそんで、日本戻ってきてサッカーやろうと思ったんだけど、クラブチームのテスト受けたら落ちたの!」
「緊張して全然ダメだったんだって」
と、ちょんまげ頭の真帆ちゃん。
何があったのか、真帆ちゃんも宝生さんと仲良くなっていた。
というかクラブチームのテスト受けたなんて初耳だぞ。
「うー。みんなに見られてると駄目なの!」
くねくねする加奈を見て、真帆ちゃんが笑う。
「それで関カレも失敗したしね」
「あーっ!忘れたいのに!」
加奈がぷんぷんと怒って、真帆ちゃんのちょんまげをつかんでぐりんぐりんと引っ張る。
身長差も激しいし、真帆ちゃんの頭がとれてしまわないか心配になってしまった。
5分間の休憩を終えて練習再開。
基本的に、短距離ブロックの全体練習はサーキットトレーニングが中心。
バウンディングとか、立ち5段跳びとか、ボックスジャンプとか、ボール投げとか。
下り坂ダッシュもそう。
高速踏み台上り下りなんていうのもある。
主に走る肉体をつくるための練習だ。
その後の個人練習では、強化したいポイントごとに分かれる。
村上道場では、中盤までの加速を中心にメニューが組まれている。
聡志は別メニューでロングスプリント陣と一緒。
残った男子は高校の後輩の織田君と、ベースマン寺崎だけ。
ベースマンは無口で、基本的には能面だ。
これはたぶん天性のものだろう。
ときどき、にやりと笑ったりするが、いまいちキャラクターがつかめない。
ちなみに、今日の米ナスマンTシャツはピンク。
「ベースマン、今日ご飯でも行こうか」
聞いてみると、無表情のままうなずく。
付き合いは悪くないが、うれしいのかうれしくないのかさっぱり分からない。
「お、メシっすか。おごりっすか」
織田君が聞きつけて、騒ぎ出しかける。
「おごらない。おごらないけど行くかい」
「え、のぞむくんおごってくれるの?」
加奈が耳にして、騒ぎ始める。
「おごらない!ネバー!」
「えーっ、いいじゃんたまには!」
「ノーっ!ネバーっ!」
僕は断固、否定した。
断固、星島。
あまりにもきっぱり断ったので、真帆ちゃんはふんと鼻を鳴らした。
「本当、甲斐性ないんだから」
「あ、こんなところに卒塔婆」
ぐりぐりとちょんまげを引っ張ると、真帆ちゃんは慌ててじたばたとした。
「ピョーッ!それで供養はできません!」
とか何とか、言いながら。
その日は村上道場のみんなでご飯を食べに行った。
ミキちゃんは来なかったけど、聡志と織田君とベースマン、加奈と真帆ちゃんと宝生さん。
「ファン・バステンとかライカールトとか言ってたけど、あれ全部でたらめだからね」
ハンバーグをもぐもぐ食べながら、フォローしておく。
宝生さんがすっかり信じちゃってるみたいだし。
勘違いしたままだと困るから。
杏子さんならほうっておくところだろうなぁ…。
「でたらめじゃないよ!」
しかし、加奈はそう言い張った。
「ファン・バステンに土下座してお願いされたとか、でたらめじゃないならなんなんだよ」
「土下座は、盛りました!」
胸を張って、加奈は堂々と言った。
何でそんなドヤ顔なの。
「ファン・バステンがチュニジアに来て、お前にお願いしたの?」
「チュニジアに?え、住んでるから」
「住んでる?」
「ファン・バはずっとチュニジアだよ」
宝生さんはポカン顔。
そりゃそうだ。
「えーと。ちょっと落ち着いて整理しようか。ファン・バステンってチュニジア人?」
「そうだよ。写真見る?」
スマホを見せられる。
みんなで覗き込む。
サッカーボールみたいに太い人。
加奈と一緒に写ってるけど、めちゃくちゃ若い。
多分20代くらいだ。
「これ、誰?」
と宝生さん。
そうだよね。
ファン・バステンって50歳くらいだし。
もっとスリムだし。
どう見てもファン・バステンと違う…。
「これ、あたし!」
「いやそれは知ってるんだよ。こっちは誰だよ」
「2人しかいないんだから、こっちがファン・バに決まってるでしょ!」
なぜか、怒られてしまった…。
「誰だよ、ファン・バって…」
「ファン・バじゃない!ファン・バ!」
「あんだって?」
「ン・ハ・ン・バ! nmhanbba!」
「ファンバじゃなくて、ンハンバか」
「違う、ンハンバ!ンハンバ・ステーン!」
「いや発音はどうでもいいけど…、オランダ人で、ファン・バステンって知ってる?」
「オランダ人?オランダ人なんて、ピカソしか知らない」
それまで黙って聞いていた真帆ちゃんが、丁寧に口をぬぐう。
そして、加奈の耳をぐいっとつかんだ。
「ピカソは、スペイン人っ!」
「ありゃ?」
知らなかったから、突っ込んでもらえて助かった…。
「ンハンバさんて、何者?」
「ASCチュニジアの女子チームの偉い人」
「そう…、じゃあライカールトは?」
「ライカールトは、ASCチュニジアの女子チームの偉い人。写真はないけど」
まあ見なくても分かる。
絶対別人だ。
「じゃあペレは?」
「ペレは、この人!」
写真を見せてもらう。
加奈と一緒に写ってるおじさん。
おじいさん?
「ペレじゃん!」「本物かよ!」
まさかの、ご本人様登場。
思わずずっこけてしまいました…。




