第67話 ベースマンは我関せず
優勝した杏子さんが、猫をかぶってインタビューを受ける。
その後、みんなでサブトラックの手前に行くと、水沢さんと取り巻きの女の子が数人いた。
相変わらず、ファンクラブ会長の藤崎小春がいてじろりと僕を睨む。
どうも、親の仇のように思われているらしい。
この間なんか、学食で思い切り足を踏まれてしまった…。
「あ、応援来てくれたんですか?」
水沢さんが首を斜めにして笑顔で会釈すると、つられて何人かが会釈をする。
取り巻きの中にも、普段から、明るくあいさつしてくれる子はいる。
みんながみんな藤崎小春みたいな子ではないのだ。
全員あんな感じだったら大変です。
でも、半数は白い目。
女子の白い目、怖いですよ…。
「杏子さん来た?」
「あ、まだですけど、レースどうでした?」
「勝ったよ!日本一!」
「優勝?すごい!」
ぞろぞろと集まっていたので、気付いたらしい。
競技場のほうからやってきた杏子さんが、チームライテックスのトレーナーらしき男性を置き去りに、全力で400mを走り終えたばかりだというのに、元気よく、満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「やったーっ!」
杏子さんはいつになく無邪気だった。
うれしそうに僕らとハイタッチをして喜ぶ。
青春というか、とにかく美しい光景だ。
「星島に充電してもらったおかげ!」
「充電って?」
余計なことを聡志が聞く。
「充電!こう!」
杏子さんはどすんと僕にぶつかってきた。
背中に手を回してぎゅっと抱きつくと、ぐりぐりと自分の頭を押し付ける。
「んー。再充電!」
「ちょっとちょっと」
「いいなあ…」
おそらく。
たぶん、無意識だったと思うけど、そう呟いたのは水沢さんだった。
ぴくりと杏子さんの体が動いて、僕の顔を見る。
それから水沢さんを見て、ウヒヒと笑った。
何だか嫌な予感がした。
取り巻きの女の子、微妙な空気だし。
刺激しないで欲しいんですけど・・・。
「咲希もしてもらえばいいじゃん。ほら」
杏子さんは僕の体をぐいっと水沢さんにほうに押し出した。
水沢さんは顔を真っ赤にして、それから慌てて手を振った。
「違います。甘えられる相手がいていいなあって」
「ちょっとだけ貸したげるから」
「いえ、でも」
「げん担ぎ。効果抜群だよ!」
僕の意見は聞いてくれないらしい。
水沢さんはちょっと困ったようだったけど、じっと僕の胸を見た。
それからちらりと僕の顔を見て、首を傾ける。
「じゃあ…、ちょっとだけ、いいですか?」
針のむしろ。
でも、水沢さんに充電してもらいたい…。
もとい、充電してあげたい…!
「え、いや、いいけど」
「すみません」
僕の胸に手を当てて、ぺたっと体を寄せる。
杏子さんが抱き締めろというジェスチャーをしている。
おそるおそる水沢さんの腰に手を回すと、水沢さんも僕の背中に手を回した。
杏子さんはむちゅっと唇を出してキスしろとせっついたが、それは無視した。
しかし、そのとき、僕は見た。
見てしまった。
数十人の無表情の女の子の凍てつくような視線を。
そして、視線で僕を殺そうとしている藤崎小春の鬼の形相を。
(う。あとが怖い…)
時間としては、ほんの10秒くらいだったかもしれない。
うれしいやら怖いやら、雑念ばかりだったけど、水沢さんの髪はとてもいいにおいがした。
細身で、折れてしまいそうなほど華奢だったけど、とても柔らかかった。
今日は、くろすけの野郎がいないので邪魔は入らなかった。
とにかく杏子さん、ありがとう!
「どう?」
杏子さんがくりくりと頭を撫でると、水沢さんは顔を上げて恥ずかしそうにほほ笑んだ。
「充電できたかも」
「でしょ?」
そんなわけはないが、満足したのか水沢さんはぱっと離れた。
それから僕を見てほほ笑んで、髪を直す。
お互い、何だかものすごく照れてしまった。
「さて。ダウン行こうかね」
「私も、コール行ってきます」
「また後でね!」
杏子さんはサブトラックに戻り、水沢さんはラストコールに出かけていった。
数人の女の子には舌打ちをされ、藤崎小春にはどすんと突き飛ばされる。
でも、最高に気分がよかったのでこれっぽっちも気にならなかった。
「とりあえず、星島だけ帰りは歩きな」
聡志がプログラムを丸めてぽくぽくと僕の頭を叩く。
気持ちは分からなくもない。
「歩きかよ。せっかく女の子紹介しようと思ったのに」
「え…、マジ?」
「うん。彼氏募集中の子」
急に聡志の鼻息が荒くなる。
「え、誰?ゼミの子?」
「知香ちゃん」
「紹介してもらわなくても知ってるよ!」
「さすが星島さんですねえ。女たらしまくりですね!」
金子君のおべっかも、若干、とげがありました…。




