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対角線に薫る風  作者: KENZIE
58/206

第58話 関東インカレ開幕

5月の第2土曜日、朝7時、絹山駅前集合。


「いくぞーっ」


「へい」


まだキャプテン気分の抜けない高柳さんの号令で、60名ほどの部員がマイクロバスに乗って国立競技場へ出発した。

いよいよ、関東インカレの開幕だ。


現地到着が8時。

最初の種目が始まるのは10時だから、あと2時間もある。

だけど、早い出番の選手はアップの時間を考えたらそんなにのんびりしていられない。

ただし、僕はのんびりする。


「うー、眠い…」


とりあえず、待機場所にシートを敷く。

荷物を置いて、競技時間が近い選手は練習場所に向かう。

サブトラックがないので、バックストレート側のコンコースで練習しなければならない。

陸上競技には向いていない施設だ。


「よいしょっと」


僕はシートの上に寝そべった。

今、8時10分。

4Kのスタートが17時10分。

あと9時間もあるわけだ。


「少し寝ようかなあ」


欠伸をすると、近くにいた真帆ちゃんもはむっと欠伸をした。

目が合ってちょっと笑う。

今日も、ちょんまげだ。


「星島さんって、しょっちゅう寝てるよね」


「うん。100mは1時からだっけ?」


「1時50分。女子はね」


加奈は大丈夫だろうか。

不安半分、期待半分といったところだが、まあ僕には他人の心配をしている余裕はない。

こっちも関カレデビューなのだ。


「あー、暇だ…」


出番の早い人はアップに出かけていく。

そうでない人もどこかへ出かけていって、待機場所は閑散としてきた。

 

着いた直後、一番忙しいのはマネージャーだろう。

ミキちゃんはどこかへ行ってしまった。

詩織ちゃんも、バインダーを持って何かペンで書き込んでいる。

今日もポニーテールだ。


「星島さん、ちょっと留守番しててもらえます?」


結局、13人も来た1年生のマネージャーは誰一人残らなかった。

ミキちゃんが追い出したという噂だが、本当かどうか。


「うん。いいよ」


「すぐ帰ってきます」


「あいあい」


「はい、前渡しでごほうび」


「わーい」


今日はコーヒー味の飴だった。

カフェオレっぽくて美味しいのだ。


詩織ちゃんが出かけてひとりぼっちになったけど、すぐに長距離の選手が帰ってきた。

聡志と織田君もどこからか戻ってきて、ほっとして、僕はバッグを枕にして横になった。

目を閉じて静かに息をしていると、ぱさりと何かがかかった。

うっすらと目を開けて見ると、ミキちゃんが僕の体に毛布をかけてくれたらしかった。


「あんがと…」


モゴモゴとお礼を言って、僕は浅い眠りに落ちた。

どこか遠くから聞こえてくる喧騒が、他人事のようだった。


目が覚めたのは昼過ぎだった。

けっこう本気で眠っていたらしい。

欠伸をしながらきょろきょろ周りを見ると、新見がシートに座ってお茶を飲んでいた。

久々に見る姿。

まだ松葉づえを使っているが、ある程度は歩き回れるようになったらしい。


「あ。やっと起きた」


「う」


背伸びをして、もう一度欠伸をする。

競技が始まったら応援に行こうと思っていたのに、誰も起こしてくれなかったようだ。


「もうすぐ100m始まるよ」


「そうだ。応援行かなきゃ…」


立ち上がって、ふらふらとトイレに行って、それからトコトコとスタンドに向かう。


絹山大学の応援場所に向かったけど、あまり人はいなかった。

たぶん、みんなサブトラックにいるのだろう。

一人で座って、しばらく女子400mの予選を観戦する。

圧倒的な強さを誇った杏子さんが卒業して、今年は混戦模様のようだった。


「やっと起きたか」


声をかけられて、見上げると聡志だった。

スポーツドリンクを手渡される。


「う。サンキュー」


20分の1しか入ってない。

ほぼゴミ。

反射的に引っぱたく。


「いてえな!」


「これ何組?」


「3組」


「もうすぐか」


すぐに、1年生の金子君とベースマン寺崎のコンビもやってきた。

 

400mが終わり、いよいよ女子100mの予選が始まる。

全5組で3着プラス1。

真帆ちゃんは1組、千晶さんは2組、注目の加奈は3組に登場する。


「ひゃー。わくわくしますねえ」


興奮気味の金子君。

気持ちは、分からなくもない。


「前原さん、楽しみですね」


「うん。そうだな」


「何かこう、カタルシスというか、こう、わくわくしますね!」


「何が言いたいかさっぱりだけど、気持ちは分かる」


「よその学校の人、きっとびっくりしますよ」


「だろうな」


記録会に一回出ただけで、公式戦は初めてだ。

実力は未知数といってもいいが、普段どおり走れれば、衝撃のデビューになるだろう。


「でもすごいですよね。たった1年で」


「突然変異なのかなあ」


「星島さんの伸びっぷりもすごいですけどね」


金子君のおべっかはともかく。

スポーツをやっていないのに、ちょろっと走ってみたら100mを10秒台で走れたとか。

陸上を始めて2年でオリンピックの金メダリストになったとか。

そういう話は、実はよくある。

天才と言ってしまうと安易だが、常識を覆す化け物みたいな選手がまれにいるのだ。


「ま、予選は楽勝ですよね。3人とも」


「そうだな」


金子君の言葉どおり、1組の真帆ちゃんはだいぶ余裕を残して2位通過だった。

2組には千晶さんが登場して、11秒83で1位。

後半は少し流していたけど、予選からいきなり11秒8台をマークした。

シーズン序盤から徐々に調子を上げてきているようだ。


「お」


そして、注目の3組。

前原加奈が関カレのトラックに登場した。

きっと、後の世にまで語られる衝撃のデビュー戦になるだろうと思った。

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