第47話 風邪をひいた結果
寝て起きると、体はすっかりよくなっていた。
杏子さんから、早速、体調を心配するメールが来ていたので、お礼のメールをする。
すぐに、無理しないでもう一日休んでたらと返事が来た。
調子は悪くなかったので、大丈夫ですと返信して、僕はお昼すぎにアパートを出た。
いつものように絹山駅まで歩いていって電車に乗る。
いつものように金谷山駅で降りて大学への坂道を歩いていく。
健康って、いいものだ。
冬休みなので人影は少なかったけど、ミネラルウォーターを買いに学生協に行くと、偶然、ゼミの友人Aに出会った。
「ほしじまーっ。今日合コンやるんだけどこね?」
友人Aはいかにも大学生らしい大学生。
だけど、スポーツマン星島に遊び歩いている余裕はない。
いや、多少はあるけど合コンには興味がない。
そもそも、知らない子と話して何が楽しいのだろうか。
気心の知れた仲間と遊んでいたほうが楽しい気がするのは、人見知りのせいだろうか。
とにかく、行ったことがないから分からない。
ま、どっちにしろそんなお金はないんだけど。
「行かない」
「短大の子だぞ」
「行かないってば」
断固として断ると、友人Aは変な顔をした。
「ひょっとして、星島って女嫌い?」
「そんなことないけど、わざわざ合コン行かなくたって陸上部は美人ぞろいだもんね!」
しかも誰も彼も恋愛している様子がない。
絹大陸上部七不思議のうちの一つだ。
「ふーん。それを見てるだけか」
「うるさい。こう見えてモテるんだぞ!」
「誰にだよ」
「誰にって…」
杏子さん。
それと…、それと…。
「ぜ、全員だよ全員!」
「嘘もそこまであからさまだと気持ちいいな」
「ぺっぺっぺ」
友人Aと別れてトラックへ。
階段を下りると、ウインドブレーカーを着た女の子が僕のほうにいっぱい走ってきた。
友人Aを呼んで見せてあげたいくらいだ。
今までずっと隠していたけど、実はいつもこうなのだ!
そんな妄想をしながら部室へと歩いていく。
走ってきた長距離の選手は、コーナーを曲がって僕から逃げるように走り去っていった。
着替えて、ウォーミングアップ。
とにかく寒いので、ケガをしないようにじっくりと体を温めなければならない。
途中で聡志が来たので一緒に組んで柔軟をする。
お尻が冷たいとかそんなことは言っていられない。
本当、ケガをしたら元も子もないのだ。
「うー。寒い寒い寒い寒い寒い」
「あ、おはよーっす」
柔軟が終わったあたりで杏子さんと千晶さんがやってくる。
杏子さんは僕の肩に手を置くと、くるりと部室のほうを向かせた。
背後から、ぴったり寄り添って背中をごしごしさする。
「な、なんですか」
「風よけ。寒いんだもん」
「そうですか…」
「風邪よくなった?」
「うん。杏子さん、ありがとね。千晶さんも」
にこりとうなずく千晶さん。
ごしごし擦る杏子さん。
「念のためさ、二人で体あったまることしない?」
「じゃあとりあえずアップしてきてください」
「いやーん。寒い寒い寒い」
大騒ぎしながら、千晶さんと一緒にアップに出かけていく。
ぼーっと立っていると寒いので、僕たちも軽く流すことにしてトラックに出た。
徐々にメンバーが集まってきて、いつものように合同で練習。
それが終わると個人練習に移行し、村上道場のメンバーで練習をする。
動いているとだんだん暖かくなってくるが、やはり寒いものは寒い。
本間隆一とか一流選手は、フロリダでキャンプだって。
新見も来週からオーストラリアとかいってたし、羨ましい。
それはともかく、動いている人間はいいが、ミキちゃんはすごく寒そうだった。
吐く息が真っ白に凍りついている。
「寒いでしょ。大丈夫?」
「大丈夫」
一応、手袋をして、厚手のベンチコートを着ている。
マラソンや駅伝の選手が、走り終わったときに着るような厚手のアレだ。
背中に、絹山大学陸上競技部のロゴが光る。
「星島君こそ、風邪大丈夫?」
「あ、うん。寝て起きたら治った」
「そう。ならいいけど」
「心配かけてごめんなさい」
「ちゃんと体調管理しないと駄目よ」
「うん」
言われると思った…。
「でも、39度も熱出たの初めてで、びっくりしたよ」
深い意味はなく言っただけなのだが、ミキちゃんは目を見開いた。
「え、昨日?」
「あ、うん」
「大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかった。死ぬかと思った」
「そりゃ、39度も出たら…」
驚いたように、ミキちゃんは片眉だけ持ち上げて僕を見た。
それから、しばらく黙っていたけど、周囲をちらっと見回してから、ふうっと息をついた。
みんなに聞こえないように、小さく囁く。
「次からはすぐ電話するようにして」
「うん。ミキちゃんに?」
「心配だもの。あとで番号教えるから」
あっさり、電話番号をゲット。
ミキちゃんの、電話ばんごおおおっ!
「今日はあんまり無理しちゃ駄目よ」
「はい」
うなずいて、練習再開。
スタートから加速、30m。走り終わって、くるくる。
バウンディングして、戻ってきて、くるくる。
筋トレして、くるくる。
もうとにかくその日は、浮かれて、僕はあちこちでくるくると回り続けたのだった。
電話する度胸?
そんなのないですけどね!




