第42話 譲り合いの精神0%
お金、足りるかな…。
さりげなく財布の中身をチェックしつつ、駐車場まで歩いていって聡志の車に乗り込む。
全員におごるなんて、大変だ。
でも、偶然にも水沢さんの隣になってちょっぴり幸せも味わった。
急カーブで水沢さんが倒れてきて、僕と密着したのだ。
これなら、おごるくらい、安いものだ…!
男なんて所詮、そんなものである。
「言っとくけど、おれ、そんなに金ないからな」
一応、念を押すと、加奈が唇をとがらせた。
「牛丼じゃないの?」
「いや、牛丼なら全然いいんだけど…」
「げげげ。女の子を牛丼に連れてくとかありえないんだけど」
知香ちゃんが言って、水沢さんは少し首をかしげた。
「別に、無理にごちそうしていただかなくても」
そう言われると先輩としてはつらいところだ。
加奈が後ろを振り向いてぐいっとガッツポーズをした。
「のぞむくん、がんば!」
「お前は黙ってろ。マジで」
水沢さんさえいなかったらよかったのだ。
牛丼を食わせて、あとは公園で水を飲ませておくとか、そんなのでよかった。
安いだけがとりえのフェミレスとかでもよかった。
でも、こう、やっぱり、美人の前ではちょっとでもかっこつけたいのが男なわけ。
「ハンバーグでいい?」
ま、かっこつけると言ってもその程度だけど、例の店。
「いいっすよ」
「わーい!」
誰も異論はないようだった。
そのまま、郊外のハンバーグレストランへ。
ファミレスを想像していたのか、予想外の店に女性陣は驚きつつうれしそうだった。
ドイツ人シェフを横目で眺めたり、内装を見回したりしている。
「星島くんでも、こんなおしゃれな店知ってるんだねえ」
知香ちゃんが言うと、水沢さんも頷いた。
「素敵です」
「そう?やっぱり?」
「星島くんのことじゃないっての」
「やっぱり…?」
「星島さんも素敵ですよ」
水沢さんに微笑で言われて、体はともかく心はくるくる回った。
そんなこと、言われたの、生まれて初めてだ!
「よーし。もう、みんなじゃんじゃん好きなだけ頼んでくれ!1人千円以内で!」
「へえ。星島くん、いつになくすごいじゃん」
「まあね!」
「星島くんの1人千円って、普通の人の1人1万円ぐらいだよ。こりゃ相当すごい」
「まあね…」
知香ちゃん、そういう言い方はないんじゃないのかな。
まあ、合ってるけどさ…。
とりあえずあとで単発のバイトを探すことにしよう、そんなことを考えながら注文。
僕は、ジャーマンポテトとソーセージのセットを頼んでみた。
ジャーマンポテトが美味しそうだったのだ。
おしゃべりしながら待っていると、奥さんらしい日本人が料理を運んでくる。
湯気がものすごくて、それが食欲をそそった。
ファミレスとかのハンバーグとは違って、とにかく肉の味がすごいのだ。
「あ、美味しい」
と水沢さん。
味にうるさそうな知香ちゃんも満足そうにうなずいた。
「うん。うまいうまい」
「これはうまいっすね」
味は好評のようだった。
こういうとき、評価が高いと連れてきたほうもうれしくなる。
だってもう、このソーセージは間違いない。
めちゃくちゃ美味しいのだ。
ジャーマンポテトも想像していた以上に美味しくて、僕はとても幸せだった。
それから、席が水沢さんの隣でちょっぴり幸せだった。
男なんて所詮、そんなものなのだ…。
「ごちそうさまでしたーっ」
食事を終えて、聡志に絹山駅まで送ってもらう。
僕もそこで降りて、同じ方向の知香ちゃんと一緒に歩いていった。
真っ暗で表情はよく分からないが、ご機嫌なのか、知香ちゃんは何か鼻歌を歌っていた。
ひんやりとした風が坂の上から吹いてきて、それが二人の間を通っていった。
夜は少しだけ涼しい。
日中は暑くて、夜になるとそれが和らぐんだけど、それがいいよね。
趣き深い。
秋の匂いを感じられる時期だ。
「あ」
信号を渡りきると、知香ちゃんはひじでつんつんと僕のわき腹を突付いた。
「星島くん、そういえば咲希とデートしたんだよね」
「え。してないよ」
「うそばっかり。学祭のときしたんでしょ」
杏子さんみたいに、知香ちゃんはニヒヒと笑った。
「なんだ、ずいぶん前の話だな…」
「付き合ってるの?」
「いやいや全然。たまたま一緒になっただけ」
「だよね。星島君なんかじゃ、咲希と釣り合わないよね」
「神さまごめんなさい。生まれて初めて女性を殴ります」
「専守防衛!」
すかさずボディーを数発殴られる。
なぜ、僕は罵られ、殴られているのか。
「水沢さんってさ、最近どうなの?」
逆に聞いてみる。
「どうって?」
「高跳びのことでいろいろ悩んでたから」
「あ、うん、フィジカルはすごいと思うよ」
「ほう」
「背は高いしバネもあるし、身体能力はすごいと思うけど」
「けど?」
「技術が全然追いついてない感じ」
「そうなんだ」
「でも、最近は練習にすごい集中できてるし、これからすごいどんどん伸びると思うよ」
「へー」
「あたしなんか、あっという間に追い抜いていくと思うなあ」
知香ちゃんはすごいを連発して、僕は何だかほっとした。
今まで、何人もの選手が陸上部を去っていった。
やはりそれは、とても寂しいものなのだ。
「てかさ、もうそんなことまで相談される仲なの?」
「いや、別に。たまたま」
「ふうん。みんなにしゃべっちゃお!」
「ん?」
「杏子さんと、沙耶と、ミキちゃんに。デートのこととか、いろいろ相談してるとか」
「黙っててもらえませんか」
途端に、知香ちゃんの表情が悪人になる。
「ご飯3回だね」
「ひどい。おどすつもり?」
「あてもナニワのあきんどやさかいのう!」
「そこを何とか1回で」
「3回!」
「1回!」
「3回!」
「い、1回に、デザートつける!」
「3回!」
「に、2回!」
「3回!」
「譲る気ゼロなのね…」
結局、食事1回にデザートを付けるということで話はまとまった。
絶対、牛丼にしようと思った。




