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対角線に薫る風  作者: KENZIE
29/206

第29話 おそらく不可

日本選手権が終わり。

7月になると、我が絹山大学では誰もが待ち構えていたイベントが始まる。


そう、夏の思い出、前期試験だ!


(はうーっ…)


絹山大学には経済、人文、教育の3学部があって、教育学部の中にスポーツ教育学科というのがある。

スポーツ推薦の選手は大抵そこなのだが、僕は経済学部に普通入学してしまったわけで。

まあ、なんというか、端的に言えば大変だ。

マクロ経済学とかミクロ経済学とか、経済学原論とか経済史とか。

とにかく、難解なカリキュラムを取得しなければならない。


これは僕にとってはかなりの拷問だ。

まあ、難解じゃないカリキュラムなんてないんだけども。


「知香ちゃん、待って待って待って」


練習前。

部室のほうにいくと、ちょうど、知香ちゃんが出てきたところだった。

ナニワのあきんど。

陸上部の中では数少ない経済学部の一人だ。


「げ。何?」


変な、スペシウム光線が出るみたいな構えをする知香ちゃん。


「げって何だよ、げって!」


「だって今、押し倒そうとしてたじゃん!」


「してない。変なこと言うと押し倒すよ!」


「やっぱりっ…!」


「いやいや、じゃなくて。真面目な話」


「ふーん。彼氏なら募集中だよ?」


「それはあとで誰かに応募させるとして、お願いがあります」


「誰に応募させんの?」


「えーと、聡志とか」


「ない!橋本君はないな~!」


即効で拒否られる聡志。

ちょっとかわいそう…。


「じゃあ、織田君とか?高校の後輩」


「ないな~。仲浜出身とかないわ~」


「俺も仲浜なんだけど。ケンカ売ってる?」


「専守防衛っ…!」


いきなり、笑顔で殴られる。

え、僕、なんかしましたっけ…。


「いやまあそれはどうでもいいんだけど、お願いがありますです」


「うむ。申してみよ」


知香ちゃんは偉そうにぐいっと胸を張った。

ひょうきんな性格で、陸上部のお笑い担当だ。

高跳びの選手なので、スタイルはいい。

165センチくらいあって、ショートカットで、明るくてわりと可愛い。


けっこうもてるって、本人は言ってます。

あくまでも自称。

でも彼氏いないんでしょ、あーた…。


「授業のノートを、貸してほしいのでありんす」


「ほほう。何を?」


「農業経済論と商業経済論と、あれば経営戦略論」


「ふむ。ご飯3回かな」


「そこを何とか一つ、知香様のご厚意で」


「あてもナニワのあきんどやさかいにのう」


ひらひらと、扇で自分をあおぐ真似をする知香ちゃん。


「秋田出身の…、秋田美人のくせに」


「わざわざ言い直してもあきまへん!」


その後の交渉でどうにか、ご飯を2回ごちそうするということで話はついた。

すぐにノートを借りて、とりあえず一安心だが問題はここからの勉強なのだ。


経済学部のテストは、頑張って基礎を抑えておけば可は取れる。

別にいい成績を残そうとは思っていないから、可でいいの。

単位取れればいいの。

卒業さえできればいいの。


しかし、可を取るのもきつい科目がある。

第二外国語であるドイツ語だ。


「はわわわわわ」


勉強の休憩中に、マンガを読み始めてしまうこと数十回。

あっという間に試験の日がやってきて。

びくびくしながらドイツ語の試験を受けてみると。

何と問題は一問だけで、ドイツ語で城についての思い出を書けというものだった。


まず、まずですよ。


英作文すら怪しいのに、ドイツ語作文なんて、そんなものできるわけがない!

城って単語は、問題文に書いてあるから分かった。

でも、必死に頑張ったところで、城に好きだす、仙台城が行ったことにありがす、程度しか書けない。

つまり、意味は伝わるが文法的に怪しい感じだ。


とりあえずそう書いておいたけど、2行で終わるわけにもいかない。

どうすればいいのか。

しかも、好きな方には申し訳ないけど、城に関して語れるものを何も持っていない。

第一、仙台城に行ったっていうのも嘘なのだ。

そもそも仙台城はもうない。

ないというか、跡地はある?


ほら、地元の城についても分からないくらいのレベルなのだ。

伊達政宗の像があるのは知ってるけど、そのくらい。

その像にしたって、ほかの似てる像とすり替えたら気付かないと思う。


仕方ないので。

ドイツには有名な城があるらしいので一度は行ってみたい、みたいな感じでつらつらと日本語で書いておいた。


答案を提出するときの、先生の視線がめちゃくちゃ嫌だった。

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