第29話 おそらく不可
日本選手権が終わり。
7月になると、我が絹山大学では誰もが待ち構えていたイベントが始まる。
そう、夏の思い出、前期試験だ!
(はうーっ…)
絹山大学には経済、人文、教育の3学部があって、教育学部の中にスポーツ教育学科というのがある。
スポーツ推薦の選手は大抵そこなのだが、僕は経済学部に普通入学してしまったわけで。
まあ、なんというか、端的に言えば大変だ。
マクロ経済学とかミクロ経済学とか、経済学原論とか経済史とか。
とにかく、難解なカリキュラムを取得しなければならない。
これは僕にとってはかなりの拷問だ。
まあ、難解じゃないカリキュラムなんてないんだけども。
「知香ちゃん、待って待って待って」
練習前。
部室のほうにいくと、ちょうど、知香ちゃんが出てきたところだった。
ナニワのあきんど。
陸上部の中では数少ない経済学部の一人だ。
「げ。何?」
変な、スペシウム光線が出るみたいな構えをする知香ちゃん。
「げって何だよ、げって!」
「だって今、押し倒そうとしてたじゃん!」
「してない。変なこと言うと押し倒すよ!」
「やっぱりっ…!」
「いやいや、じゃなくて。真面目な話」
「ふーん。彼氏なら募集中だよ?」
「それはあとで誰かに応募させるとして、お願いがあります」
「誰に応募させんの?」
「えーと、聡志とか」
「ない!橋本君はないな~!」
即効で拒否られる聡志。
ちょっとかわいそう…。
「じゃあ、織田君とか?高校の後輩」
「ないな~。仲浜出身とかないわ~」
「俺も仲浜なんだけど。ケンカ売ってる?」
「専守防衛っ…!」
いきなり、笑顔で殴られる。
え、僕、なんかしましたっけ…。
「いやまあそれはどうでもいいんだけど、お願いがありますです」
「うむ。申してみよ」
知香ちゃんは偉そうにぐいっと胸を張った。
ひょうきんな性格で、陸上部のお笑い担当だ。
高跳びの選手なので、スタイルはいい。
165センチくらいあって、ショートカットで、明るくてわりと可愛い。
けっこうもてるって、本人は言ってます。
あくまでも自称。
でも彼氏いないんでしょ、あーた…。
「授業のノートを、貸してほしいのでありんす」
「ほほう。何を?」
「農業経済論と商業経済論と、あれば経営戦略論」
「ふむ。ご飯3回かな」
「そこを何とか一つ、知香様のご厚意で」
「あてもナニワのあきんどやさかいにのう」
ひらひらと、扇で自分をあおぐ真似をする知香ちゃん。
「秋田出身の…、秋田美人のくせに」
「わざわざ言い直してもあきまへん!」
その後の交渉でどうにか、ご飯を2回ごちそうするということで話はついた。
すぐにノートを借りて、とりあえず一安心だが問題はここからの勉強なのだ。
経済学部のテストは、頑張って基礎を抑えておけば可は取れる。
別にいい成績を残そうとは思っていないから、可でいいの。
単位取れればいいの。
卒業さえできればいいの。
しかし、可を取るのもきつい科目がある。
第二外国語であるドイツ語だ。
「はわわわわわ」
勉強の休憩中に、マンガを読み始めてしまうこと数十回。
あっという間に試験の日がやってきて。
びくびくしながらドイツ語の試験を受けてみると。
何と問題は一問だけで、ドイツ語で城についての思い出を書けというものだった。
まず、まずですよ。
英作文すら怪しいのに、ドイツ語作文なんて、そんなものできるわけがない!
城って単語は、問題文に書いてあるから分かった。
でも、必死に頑張ったところで、城に好きだす、仙台城が行ったことにありがす、程度しか書けない。
つまり、意味は伝わるが文法的に怪しい感じだ。
とりあえずそう書いておいたけど、2行で終わるわけにもいかない。
どうすればいいのか。
しかも、好きな方には申し訳ないけど、城に関して語れるものを何も持っていない。
第一、仙台城に行ったっていうのも嘘なのだ。
そもそも仙台城はもうない。
ないというか、跡地はある?
ほら、地元の城についても分からないくらいのレベルなのだ。
伊達政宗の像があるのは知ってるけど、そのくらい。
その像にしたって、ほかの似てる像とすり替えたら気付かないと思う。
仕方ないので。
ドイツには有名な城があるらしいので一度は行ってみたい、みたいな感じでつらつらと日本語で書いておいた。
答案を提出するときの、先生の視線がめちゃくちゃ嫌だった。




