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対角線に薫る風  作者: KENZIE
27/206

第27話 ミキちゃんの戦友

3日目。

日本選手権最終日。


最初の種目は女子100m準決勝だった。

新見はここでも圧巻の走りで、楽々と11秒46。

最早、決勝は必要ない感じだ。

あとは記録との勝負ということになるのだろう。


そして注目の男子100m準決勝。

前キャプテン柏木さんは決勝に駒を進めたが、残念キャプテン高柳さんと、日本記録保持者の弟の本間秀二は決勝進出はならなかった。


僕は第2組に入ったけど、さすがにもう奇跡は起きなかった。

ずーっと遅れて10秒67の6位。

それなりにいい走りをしたと自分でも思うのだが、さすがに実力の差は大きかった。


でも、いい経験にはなったと思う。

日本選手権の雰囲気を味わえたというだけでも、かなり大きかった。

何より、2本走れたのがうれしい。

インターハイに出場もできなかった選手が…。


「お疲れさまーっ!」


サブトラックの手前で加奈と聡志が迎えてくれた。

わざわざ、応援のために来てくれている。


「惜しかったね!」


満面の笑顔の加奈。

いや、別に敗退を喜んでいるわけではないと思う。


「まあ、惜しくはないけどな」


「えーっ。惜しかったじゃん。あと1人だったのに!」


「いや、あと1人抜いても5位だから」


「6位なんだから、5位を抜けば4位でしょ!」


「5位だっての」


「4位です!だって5位の人抜くんだよ!」


「え、5位を抜いて…、いや、5位だよ」


危なく騙されるところだった。


「違う!5位を抜いたら4位!教科書にも載ってる!」


「じゃあ2位の人抜いたら何位だよ」


「2位を抜いたら1位に決まってるじゃん!」


「1位の人抜いたら?」


「1位抜いたら…、ありゃ?」


相変わらず加奈は騒がしい。

だけどおかげで、ちょっと気分が晴れた気がした。

そもそも、4位だったとしても決勝は残れてないですからね。

3組2着プラス2だし…。


「ま、初出場で準決進出できたし、よしとするか?」


「そうそう!」


「おれなら決勝残ってたけどな」


憎まれ口を叩く聡志を蹴飛ばすフリをして、高柳さんらと一緒にダウンに向かった。

まだまだこれからに違いない、そう思った。


サブトラックでは今日も、多くの選手がアップとダウンを繰り返していた。

天気もいい。

のんびりしていてものすごく平和な世界だ。

だけどそこには一種の緊張感が漂っていて、僕はそんな空間がものすごく好きだった。


ダウンが終わったあと、一人、芝生の上に横になってぼんやりと過ごす。

加奈や聡志はほかの選手の応援に回ったらしい。

僕はただ、すべてを忘れてぼんやりと空を眺めていた。

ゆっくりと、静かに雲が動いていった。

芝生の上を歩く、かすかな足音が聞こえてきたのはそんなときだった。


「お疲れ様」


ミキちゃんだった。

答える前に、僕の隣に静かに腰を下ろす。

ふわりとなびいた長い髪がとても綺麗で、僕は思わず見とれた。


「頑張ったわね」


「うん」


「でも、これからよ」


「うん。頑張ります」


天使が通って、会話が途切れた。

何となくミキちゃんを見ると、ミキちゃんも僕を見た。

すぐに視線は逸れたけど、その表情は僕の脳裏に残った。


何も会話がないまま、おそらく1分くらいたっただろうか。


何をしゃべろうかなと思っていると、目の前を赤いジャージの女の子2人組が通りかかった。

そのうち一人が、僕の顔を見てかっと目を見開く。

胸に、「辰川」の二文字が刺しゅうされている。

辰川体育大学の子だろうが、見知らぬ顔だった。


「あれ。もしかして…」


また、幼なじみの出現だろうか。

そんなふうに思ったけど、そうではなくて、女の子が見ていたのはミキちゃんだった。


「長谷川さん?長谷川さんじゃない?」


僕は思わず隣を見た。

訝しげに、ミキちゃんの眉毛が片方上がっている。

人違いですね。

この人は村上美樹ですし。


「どちら様?」


「全中で一緒だった須田果歩。覚えてる?」


「ああ」


ミキちゃんの眉毛がすっと下がる。

珍しく、優しげな瞳。


「覚えてるわ。栄工大二中のアンカーだった…」


「そうそう!うわあ、久しぶり!」


知り合いらしい。

僕は黙って二人のやりとりを眺めていた。


「長谷川さん、陸上続けてたんだあ。ケガは大丈夫なの?」


「今はマネージャーよ」


「あ、そっか。そうなんだあ。めっちゃ速かったのに残念だねえ。絹山大学?」


「そう。あと、今は村上だから」


「え。結婚したの?」


「まさか。両親が離婚しただけ」


「あ、そうなんだあ。てっきり彼がそうかと思った」


僕の顔を見て女の子は笑った。

どんな顔をしていいか分からなかったので、とりあえず、ただ曖昧に笑っておいた。


「あ、あたしこれから400mなんだ。浅海さんやっつけちゃうけど応援よろしく!」


「頑張って」


「それじゃ、またね」


軽く手を振って、待っていた連れと一緒に女の子は歩いていった。

ぼんやりと、僕は二人の背中を眺めた。

それからミキちゃんのほうを見たけど、ミキちゃんは素知らぬ顔だった。

 

ミキちゃん、前は長谷川美樹だったのか。

そう思って、僕は首をひねった。


長谷川?

長谷川美樹。

長谷川美樹…?


確かどこかで聞いたことがあるような。

記憶に引っかかっているような。

そんな感じの名前だった。

それがいったいどこだったのか、もちろん僕の記憶力で思い出せるわけもない。

偏差値に換算すると、僕の記憶力は32くらいなのだ。


「ね、ミキちゃん」


念のため、尋ねてみる。

万が一ということがある。


「ひょっとして、おれとミキちゃんって幼なじみだったりしない?」


「え?」


「実は幼稚園一緒だったとか」


「バカなこと言ってないで、応援行くわよ」


はい。

怒られてしまいました…。

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