表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対角線に薫る風  作者: KENZIE
26/206

第26話 日本選手権ハイライト

6月22日、木曜日。

いよいよ、日本選手権が始まった。


初日は、スプリント種目では男女の200m予選があった。

男子は、残念キャプテン高柳さんと、前キャプテンの柏木和文さんが出場。


それともう1人、2年生から十文字仁。

200mを主戦とする、普段から影の薄い選手だ。

まあ、影が薄いといっても、インターハイ200m優勝者です。

100mでは3位だったかな。

絹大の2年生ではナンバーワンだと思う。


女子は、日本記録保持者の新見沙耶。

それから、3年生から、大和なでしこの山田千晶さん。


5人も出場者がいて、全員が予選を突破。

コレ、なかなかできることではないです。

スプリントチームとしては順調な滑り出しだと言えよう。


初日の最終種目には女子1万mの決勝があり、鏑木亜由美さんが登場。

たこ焼きを焼くのが得意な、長距離チームの選手だ。

後半、ちょっとばてたけど、B標準を突破して堂々の3位。

何とか、世界陸上の代表選考ラインに滑り込んだ。


「あゆ、やったじゃん!」


サブトラックの入り口で、トラックから引き上げてきた亜由美さんをみんなで出迎える。

杏子さんとハイタッチをして、亜由美さんは微妙な笑顔をみせた。


「A標準で優勝とはいかなかったけど」


「前から聞きたかったんだけどさ、あゆってなんでうちの大学入ったの?」


「え?」


「長距離やるならうちじゃないっしょ」


「あ、いや、滑りどめここしか受けてなかったんで」


一同、大爆笑。

冗談ではなくて本当にそうらしい。


「じゃあさ、ついでに聞いちゃうけど、なんで回し蹴りとかできんの?」


杏子さんの質問に、僕は身を乗り出した。

ちょっと気になってたんだよね。


「あー、あたし中学入るまで空手やってたんですよ。町の道場で」


「へー。それがなんで陸上の世界に?」


「寒稽古で、海沿いの道ぐるーって走って帰ってくるってあったんですけど、男子全員ぶっちぎってかえってきたんで、市民マラソンにエントリーさせられてって感じですかね」


「なんだ。普通につまんない理由だった」


「そんなもんでしょ、みんな」


「たこ焼き焼くのが上手なのは、前やってたからですか?」


ついでだと思って、聞いてみる。

亜由美さんはぱちりと瞬きして僕を見て、杏子さんのほうを見て、それからもう一度僕のほうを見た。

なんか、毛虫を見るような表情で…。


「普通、聞く?そういうこと。この流れで」


「あ…、す、すいません…」


「じゃ、ダウンいってきまーす」


亜由美さんが走っていって、杏子さんがハーっとため息をついた。

僕を見て、あきれたように首を横に振って、千晶さんとサブトラックを出ていく。


うん。

よく、

分からないけど、

もう、

たこ焼きの話は聞かないことにしよう…。


2日目は、男女200mの決勝。

男子200mは、残念ながら、柏木さんが4位、十文字が5位、高柳さんが8位といまいちだった。


だけど、女子200mでは新見沙耶が完勝。

僅差、山本幸恵との争いに勝った千晶さんが堂々の3位、表彰台。

杏子さんも大喜びで、もちろん本人もうれしそうな表情だった。


さらに、ムードメーカーの杏子さんが女子400mに登場し、トップタイムで予選を通過。

一気にチーム全体の雰囲気がよくなって男女の100mに突入した。


女子100mは、チャンピオンの新見沙耶が後半軽く流して11秒45の好発進。

もう、卑怯なほど速すぎる。

 

男子は、柏木さんは1位で通過。

高柳さんは2位で通過。

日本記録保持者・本間隆一の実弟、本間秀二も無難に2位で通過した。


そして、奇跡が起こった。

最終組に入った僕は、まあまあ、無難にまとめて10秒58で4位。

プラスで拾われて準決勝に進出できてしまったのだ。


どうですか、ほかのメンバーに比べてこの小物感。


「とりあえずはおめでとう」


一人、ニコニコとサブトラックに戻ってくると、ミキちゃんに声をかけられた。

 

どこで入手したのか、ミキちゃんはコーチのIDカードを首からかけている。

稲森監督が偉い人に話を付けてくれたのかな?


「やった。やってやりました」


「ついてたわね」


「うん。けど、運も実力のうちっていうし」


「ふうん。まあいいけど」


「決勝残ったら焼き肉奢って」


「嫌」


端的に、しかもパーフェクトに拒絶される。

さすがミキちゃん、ノーと言える日本人だ。


「じゃあ、8位入賞したら奢って」


「同じじゃない」


ミキちゃんはくすりと笑った。

もちろん、予選を突破したのもうれしかったけど、ミキちゃんが笑ってくれたほうがうれしかった。

笑ったの、初めて見たかも。

なんだろ。

めちゃくちゃ幸せになる。


「3位以内に入ったら、いいわよ」


「あ…、うん」


僕は何だか上の空で頷きながら、何となく山倉教授のことを思い出した。

本人に無断でミスコンに出場申し込みをして、ミキちゃんに殴られた教授だ。


いや、特に理由はない。

ミキちゃんの笑顔を見て、何となく思い出しただけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ