第21話 小春日和
みんなでごちそうさまを言って外に出て、駅まで歩いていってそこで解散になった。
前キャプテンの柏木さんは何か用事があるらしい。
新見も用事があって帰るようだ。
聡志はバイトで、急ぎ足で駐車場のほうに向かっていった。
「ほいじゃねーっ」
頼みの綱の杏子さんが相手をしてくれなかったので、僕は多少慌てた。
「どこ行くんですか?」
「星島も一緒に行く?」
「え、どこ?」
「千晶と一緒に下着買いに行くんだけど」
「あ…、遠慮します」
ウッシッシと笑って、杏子さんが千晶さんと駅の中に消えていって。
残ったのは、僕と水沢さんだけになってしまった。
目が合うと、水沢さんは少し首をかしげた。
細身のジーンズにシャツに、ブラウス。
おしゃれでもなんでもないのだが、足が長くてものすごく映えていた。
何となく視線を彷徨わせたけど、周囲には誰もおらず、ただ静寂だけがあった。
「み、水沢さんは何するの?」
「私は、学祭見てから自主トレを」
「ふうん。おれもそうしようかなあ…」
何となく同調して、二人で学内に戻っていく。
適当なところで「じゃあね」と言って別れればよかったのだが、タイミングを逸した形だった。
水沢さんは何も言わなかった。
どうしようかなと思ったけど、どこに行くでもなく黙って僕に付いてきていたので、ちょっと軽めに誘ってみた。
「あっち行ってみる?」
「あ、はい」
水沢さんが素直にうなずいてくれたので、肩を並べて歩く。
周囲の視線がチラチラと水沢さんにきているのが分かった。
何となく、僕も鼻が高かった。
だけど、それは最初のうちだけで、2人で学祭を回り始めて僕はすぐに後悔した。
5分おきぐらいの割合で、水沢さんのファンの女の子が何やかんやと話しかけてくるのだ。
それも、今日の夜は時間空いてるかとか、明日はどうだとか。
週末に映画に行かないかとか、今度お弁当つくってきてあげるとか、そんなことばかり。
いや、それはまあ別にいい。
だけど、隣に立っている僕は毎回じろじろと品定めされて、すっかり萎縮してしまった。
「誰なんですか、あなた?」
と突っかかってくる子もいた。
よほど憧れているのか、その子の短い髪型は、水沢さんとすっかり一緒だった。
「あ、えと、陸上部の者です」
「ふうん」
頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように見られて思わず背中を伸ばしてしまう。
ちょっと困って水沢さんのほうを見る。
水沢さんも困ったような表情で女の子のほうを見た。
だけどそんなことは構わずに、女の子は挑むような表情で僕を見すえた。
「あたし、藤崎小春。あなたは?」
自分から名乗るのは、ちょっと偉いかな?
「あ、星島です」
「あんまり咲希先輩とベタベタしないでよね!」
いきなりそんなふうに言われる。
あんまり偉くなかった。
多分、誰が横にいても気に入らないのだろう。
男でも女でも、だ。
「咲希先輩に指1本でも触れたら、ただじゃおかないんだから!」
「は、はい…」
ものすごいセリフを堂々と言って、ふんと鼻を鳴らし、彼女はずんずんと歩いていった。
ある意味、怖かった。
それから1時間ぐらい、僕たちは一緒に学祭を回った。
あまり会話ができなくて、少し息苦しかった。
学生協で飲み物を買って、学祭の喧騒を背にトラックのほうへ向かったけど、自分の家に帰るような、ほっとした感じだった。
「あまり話せませんでしたね」
気持ちが伝播したのか、水沢さんは小さく呟いた。
僕は慌ててうなずいたけど、まだ水沢さんの顔をまっすぐ見ることができなかった。
「そうだね」
また少し沈黙が続く。
話題を探す作業はものすごく不毛だ。
それならいっそ、何も話さないほうがいいのかもしれない。
人見知りというのとは、ちょっと違う気がする。
別に女性が苦手というわけではないが、何を話せばいいか分からない相手というのがいる。
壁をつくってしまう人が苦手なのだ。
こう、壁を壊そうと思って手榴弾を投げようとは思うんだけどね。
ぶつかってはね返ってきそうで怖いというか。
ああ。
人はそれを人見知りと呼ぶんだろうな、きっと…。
「しかし、めちゃくちゃもててたね」
思い切って言ってみると、水沢さんは恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「何か、慕われているみたいで」
「みんな高校の後輩?」
「はい。お恥ずかしい」
「いいじゃない。同性の後輩に好かれるなんて」
「そうですか?」
「おれも女の子だったら騒いでると思う」
うん。
うん?
何か違うような気がするけど、まあいいか…。
「さっきの女の子はちょっと怖かったけど」
「藤崎さん、悪い子じゃないんですけど」
「すごいファンなんだね」
「別にそんな大した選手じゃないのに」
水沢さんはそんなふうに言ったけど、そういう問題ではないような気がする。
例え彼女が陸上をやめてゲートボールを始めたとしても、おそらくあの子たちは水沢さんに付いていくだろう。
何というか…、羨ましい限りだった。




