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対角線に薫る風  作者: KENZIE
196/206

第196話 遥か高き神々の座

大会3日目。

起きたのは、9時ごろだった。


11時半から男女の400mハードルの予選が始まる。

その前は日本人の出ない種目ばかりなので、ゆっくり寝ていてもいいと仰せつかったのだ。


「うあよーおあいまう」


「うあおー…」


食堂に下りていくと、千晶さんと杏子さんがいた。


杏子さんも僕も、決勝には進出できなかった。

だけど僕は、本人もびっくりの10秒04、日本歴代3位。

杏子さんにいたっては日本記録を大幅に更新したので、テレビに出させてもらった。

いろんな人から褒めてもらって、帰ってきてオーストラリアのビールをちょっとだけ飲みました。


結果は、よかったと思う。

ここが僕のゴールではないので、通過点としては文句なしだ。

とりあえず、チェックポイントを無事に通過した達成感はあった。


ちなみに、男子100mの世界一は、キングダム・テイラー。

レコードホルダーの意地を見せて、アメリカの若武者ガードナーを退けた。


山々は、はるか、高い。

そして、だからこそ面白いとも言える。


「はー。これもう飽きた」


座るなり、杏子さんがハンバーガーを僕の口に押しこんできた。

まあ僕もとっくに飽きているんだけど。

とにかく、もしゃもしゃ噛んで飲み込む。

それからカウンターのところにいって、チキンサンドを頼んだ。


昨日、話題に上がったんだけど、ここのハンバーガーってあれだ。

日本のスーパーで売ってるハンバーガーみたいな味。

惣菜パンとか菓子パンと一緒に売ってるやつ。

パンはぺしゃぺしゃだし、具もいまいちだし。


「今日はオフにして、明日から身体動かそっか」


戻ってくると、杏子さんにそんなことを言われた。


「そうですね」


「じゃあ、部屋で焼き肉しよ?」


「えー、応援いかないと」


「いいよ。ヨンパとかつまんないもん」


「つまんなくない!日本のお家芸!」


世界中のヨンパファンの皆さん、本当ごめんなさい。

この人ちょっと頭がおかしいんです。


食事をして、ぐちぐち言う杏子さんを引っ張ってスタジアムへ。

サブトラックにちょっとだけ顔を出して、観客席でほかのみんなと合流。

気のせいか、昨日までとは、僕を見るみんなの目が違っている。

しかし、全中で優勝し、日本スーパーグランプリ初代優勝者でもある僕は知っている。

そんなの、最初の数分間だけなのだ、と。


「星島さん。隣、空いてます」


水沢さんの瞳がきらきらしてるのは、いつもどおりかな。


周りの視線を感じながら、水沢さんの隣に座る。

杏子さんが何かちょっかいを出してくるかなと思ったけど、新見たちのところに座って、やいやい楽しそうにやり始めたのでほっとした。


「お昼、どこかで、ご一緒しませんか」


とりあえずトラックに視線をさまよわせていると、そっと水沢さんに耳打ちされる。


「私、ごちそうします」


「う。いや、いいよ」


反射的に断ると、水沢さんは悲しい目をした。

それで、また反射的に手を振った。


「あ、いいよっていうのは、おごらなくてもいいよってことで」


「じゃあ、ご飯は…」


「いいよ」


了承すると、水沢さんは目を輝かせた。


「やった。星島さんと、デート」


「よかったね」


水沢さんが、隣にいた真帆ちゃんと言葉をかわす。

おや、おかしいぞと思った。

真帆ちゃんも僕のほうを見ていたから、てっきり何人かで行くと思ったの。

別に他意はなかったの。


「みんなには、内緒にしてくださいね」


「あ、う」


思わず、口の中で唸ってしまった。

ヨンパが始まったが、目には映っていても頭の中には入ってきていなかった。


デートだって。

水沢さんと、デート。

いいのかな。

彼女いるし、よくないよね。

でもご飯ぐらいならいいよね。

いいのかな。

まあいいか。


頭がぐるぐるしているうちに午前中のセッションが終わって、僕はいそいそと選手村を抜け出した。

それで、水沢さんと食事に出かけたのだが、いつか見た光景になってしまった。

世界陸上を見に来た日本の人たちに見つかって、水沢さんが取り囲まれてしまったのだ。

時折、近くにいる僕が睨まれたのも一緒だったけど、たまに僕もサインを求められることがあって、それが唯一の変化だった。


「なんか、どたばたでしたね」


帰途、水沢さんが微笑を浮かべていった。

日本代表のジャージを着ているので、目立つことこの上ないのだ。

このジャージを着ている以上、悪いことはできそうにない。

別に悪いことをしようとは思っていないんだけど、代表ジャージにはそういう効果もあるのかもしれない。


「水沢さんはもう、変装とかしないと駄目なレベルだなあ」


「ほっといてくれればいいのに。せっかく星島さんと2人なのに」


「う」


本日のブリスベンは、見事なまでの快晴。


なだらかな丘の住宅地や、美しい川べり。

とても広い庭がある建物が多く、全体的な町並みが広々と見える。

それと、とにかく木が多くて空が高い。


「星島さん」


何だか見とれながら、ぼんやり歩いていると、水沢さんにひじを引っ張られた。


「ん?」


「充電、忘れないでくださいね」


「あ、うん。あさってだっけ?」


「予選はしあさってです。決勝は最終日」


「そか。楽しみだね」


「今回は世界大会なので、充電もスペシャル版でお願いしますね」


スペシャル版。

それってどんなのですかっ…!

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