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対角線に薫る風  作者: KENZIE
189/206

第189話 過ぎてゆく午前

喧々諤々、食事の話をしながらブリスベングリーンヒルスタジアムに到着。


男子400mに出場する酒井と、女性100mの3人がさっそくアップを始める。

真帆ちゃんと杏子さんがサポートについて、残ったメンバーも少し身体を動かす。

日本のお家芸、男子400mハードルの予選は明日の午前中。

出場する3人の選手は調整に余念がなかった。


やや曇りで、少し風が強い。

午後からは、雨の予報も出ている。

昨日やおとといに比べると、少し気温が低いような気もする。


「あー。もう緊張してきた」


と加奈。

いくら何でも、それは早すぎるような気がする。


「しかし、お前がなあ。こんなところまでくるなんて」


「むっ。何それ嫌味?」


「嫌味じゃなくて。感心してるんだよ」


分かったような分からないような、そんな表情で加奈はぷくっとほっぺたを膨らませた。


「あたしだって、頑張ったんだから」


「知ってるよ。感心してるんだって」


「ならいいけど。村上さんとか、ぜんぜん褒めてくれないし…」


「なんだ。ミキちゃんに褒められたいのか」


からかうと、加奈は珍しく言葉が詰まった。


「そりゃ、そりゃあ、褒められたいでしょ」


「ふーん…」


「ずっと一緒に頑張ってきたんだからさ。ちょっとぐらい、褒められたいよね?」


「そうだな。まあ頑張れ」


「代わりにのぞむくん褒めて!アル・パチーノみたいに!」


「よくやった。トレビアーン」


「よし!」


こんなんでいいのか…。

 

あまり邪魔をするのもあれなので、本間さんや後藤さんとジョグしてストレッチ。

午前中は軽めに身体を動かすだけ。

慣らし運転って感じだ。


「はい、星島さん」


休憩していると、水沢さんが水を持ってきてくれた。


「あ、ありがと」


「星島だけ?」


本間さんは黙っていたけど、後藤さんは悪びれもせずに言った。


「ひいきだひいきだ!」


「あ、ごめんなさい。もらってきましょうか?」


「う。あ、いや、そう、いえ…」


「待っててくださいね」


返事も待たずに、水沢さんはちょっとだけ微笑を浮かべてまた戻っていった。

後藤さん、ちょっとばつが悪そうな顔をする。

芝生を引っこ抜いて指でくるくる回しながら、言い訳をした。


「冗談だったんだよ、冗談!」


「今のはちょっとあれだな」


やんわりと本間さんに言われて、後藤さんはカクンと頭を落とした。


「ちょっかい出したかった…」


「まあ気持ちは分かるけど」


「怒ったかな?あとで陰口叩かれる?」


「いや、大丈夫。そういうことしない子です」


一応、フォローする。

心の中で「後藤ゴリラうざっ!」と思ったとしても、陰口は叩かないと思う。


水沢さんはすぐに帰ってきた。

そして、微笑のままペットボトルを本間さんと後藤さんに手渡すと、軽く会釈をして、僕の目を見て微笑んでどこかへ歩いていった。

人の心の中は分からないものだけど、怒っているわけではなさそうだ。

ミキちゃんなんかとは違うのだ。


「彼氏いるのかな?」


後藤さんが言って、本間さんが笑った。

それが不服だったようで、後藤さんはバシバシと芝生を叩いた。


「なんで笑った?今、なんで笑った!?」


「いや、別に」


「顔?顔か?顔?顔で?顔で差別するんすか?」


「誰もそんなこと言ってないだろ」


「いーや、その顔は顔だって言いたそうな顔だ!」


「顔って何回言うんだよ」


「何回でも言いますよ。顔、顔、顔、顔!」


芝生を引きちぎりながら後藤さんがわめくと、不機嫌そうな顔で加納コーチが歩いてきた。


「何だよ。おれがどうかしたか」


「え?あ、いや、いやいや、加納さんじゃなくて顔、顔ですよ顔」


「おれの顔に何か文句あんのか?」


「いや、ないですけど…、コーチもおっさん顔ですね?」


「おれはおっさんなんだよ!」


笑いが起きる。

嵐の前の静けさか、今のところ、サブトラックは平和だった。

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