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対角線に薫る風  作者: KENZIE
188/206

第188話 嵐の前

翌日は、6時に起床した。


大会2日目。

日本チームに関係のあるところでは、9時から男子20キロ競歩の決勝。

それから午前中に、男子400mと女子100mの予選がある。

いずれも楽しみなレースだ。


午後のセッションでは、18時39分から男子100mの準決勝。

これには、日本のスーパースター星島望が参加する。

そのあと、女子400mの準決勝に杏子さんが登場。


そして、20時45分、最終種目。

人類最速を決める、男子100mの決勝が行われる予定だ。


「うはよーござます」


食堂に降りていくと、男子400mハードルの3人と、杏子さんと水沢さんがいた。


「おいっす」「おはよん」「おはようございます」


杏子さんの隣に座ると、ぴらっと紙を見せられる。

男子100m準決勝のスタートリストだった。

オレンジジュースを飲みながら目を通す。

僕は最終第3組で、優勝候補、アメリカの新鋭ギルバート・ガードナーと一緒。

ジャマイカのダミアン・ロドリゲスの名前もあった。


自己ベスト9秒台が5人。

シーズンベスト9秒台が4人。

別に、とりたててきついという組ではない。

ほかの2組も、きついメンツが並んでいる。

世界大会の準決勝なのだから当たり前だ。


とにかく。

準決勝は2着プラス2なので、はいごくろうさんという感じだ。

仲浜の戻りガツオは、決勝はスタンドでご観戦ください、と。


「まあ、まあいいですよ。どの組入ったって同じだから」


「んだね」


「ほかのみんなは?」


「あー、もう上行って準備してる」


「そか」


今日から女子100mも始まる。

世界的には男子100mのほうが注目されるが、日本人としてはこちらのほうが楽しみだ。

世界大会に3人も出場するのは初めてのことなのである。


復活したエース、新見沙耶が世界を相手にどこまで食い下がれるか。

大舞台にめっぽう強い千晶さんはどうか。

秘密兵器、加奈がいよいよ爆発するのか。

日本人初の準決勝進出はあるか。


「楽しみですねえ」


つぶやくと、杏子さんはニコニコ笑顔で僕の頭をすりすり撫でた。


「せっかくの準決なんだし、なんてったって世界大会なんだから楽しまなくちゃ」


「あ、はい」


何か勘違いされてしまったが、黙っておいた。


「そのためにも、星島君、おれにも、充電、な」


男子400mハードルのエース、東南銀行の山崎雅史に頼まれる。

 

昨日の、女子1万メートル。

我らが亜由美さんは、世界の強豪選手に混じって力走し、銅メダルを獲得した。

トラック種目で銅メダル。

快挙といってもいい。

亜由美さんまで結果を出したので、日本チームの中では充電の効果が注目され始めていた。


ただ、キスしたらメダル、キスしたらメダルと亜由美さんが触れ回っていて…。


「何ならキスしてもいいぞ、おれ」


笑いながら、山崎さんもそんなことを言う。


「いや、それはあれですけども」


「ディープか?ディープで?」


「勘弁してください…」


さすがにそれは断る。

だけど、わらにもすがりたい気持ちがよく分かる。

ただの偶然だろうし、根拠などない。

でも、いい流れに乗っていきたいというのは分かる。

勝負の世界で生きる者にとっては当たり前のことだ。


僕も、その流れに乗っていきたい。

頑張るしかない!


いったん部屋に戻ってあれこれ準備をしてからロビーに集合して、出発。

今日のブリスベンは曇り。

新見と千晶さんは比較的リラックスした表情だったが、加奈の表情が暗かった。

きっとお腹が空いているからだろう。


「お腹空いた…」


小さく言ってお腹をさする。

予知能力なんて持っていなくても、そのくらい分かるのだ。


「レースが終わってからいくらでも食え」


慰めたけど、加奈の表情は暗いままだった。


「お腹いっぱい食べたいほど美味しくない…」


「それもそうか」


「一番美味しいのがハンバーガーだなんて、ありえないよね」


と、新見がぷんぷんと唇をとがらせながら参戦する。


「しかも日本のハンバーガーのほうが美味しいし」


「んだなあ」


「こんなんじゃ、力出そうと思ったって出せないよ!」


拳を握って新見が力説すると、前を歩いていた稲森監督が振り返った。


「なんだお前、もう負けたときの言い訳か」


笑いが起こって、新見は少し顔を赤らめた。


「違います、食事は大切だっていう」


「それは栄養価の話だろう」


「きぶ…、精神的な問題です!」


「前回はうまかったのになあ」


と、本間さんがフォローする。


「オリンピックのときなんか、もっといっぱい種類があっていろいろ選べたんだけど」


とかく、食べる話ばかりしているような気がする。

でも、アスリートにとって食事は大切なのだ。

決して僕らが食いしん坊だというわけではないのだ。


一部を除いて…。

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