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対角線に薫る風  作者: KENZIE
187/206

第187話 もうちょっといると思う

惰性で走りながら、横目で確認すると、速報タイムは9秒95だった。

観客の声援が、どよめくような声に変わった。

予選から9秒台だ。


(…っ)


国際映像のカメラマンが、慌ててジャマイカの選手のほうに走っていった。

彼が1着なのだろう。


無意識だった呼吸が、意識的になる。

エンジンブレーキをかけたかのように停止し、何人かと握手をしながら戻ってくる。

歩きながら、ボランティアの女の子からスポーツドリンクのペットボトルを受け取る。

一口、もう一口飲んでふたを閉める。

 

電光掲示板には、1着以外の結果は出ていない。

正式タイムが9秒96で、ジャマイカの選手。

あとはどうか…。


「はあ、ふう、ふう…」


大きく呼吸をする。

たぶん、3着か4着。

下手すれば5着かもしれないが、混戦でよく分からなかった。

戻っていくと、1着だったジャマイカの選手に背中を叩かれる。

叩き返そうと思って空振りし、ちょっと恥ずかしかった。


ミックスゾーンにいた日本のテレビ局に呼ばれたので、僕は息を整えながら歩いていった。

インタビュアーの女の子が、笑顔でマイクを差し出してくる。


「見事、3着で準決勝進出を決めました、星島選手に来ていただきました。おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます。え、3着?」


「3着です。3着で、タイムのほうが10秒13ということです」


インタビュアーの言葉に、慌てて電光掲示板を確認する。


本当だった。

追い風0.3mで、自己ベストを大きく上回る10秒13。

4着が10秒15、5着が10秒22だから、やはりかなりの接戦だ。

内心、僕はガッツポーズをした。


「いやあ。やりましたね!」


「そうですね。うれしいです」


予選突破。

準決勝進出だ。

 

心底、本当にうれしい。

満面の笑みでテレビのインタビューを受けた後、専門誌のインタビューも受ける。

聞くと、後藤さんは10秒23の4着。

本間さんは10秒18だったのに5着で予選落ち。

悲しいかな、予選7組中6組で9秒台の決着となったようだ。


後藤さんも本間さんもタイム的には素晴らしいのだが、全体的に速すぎだ。

そんな中、予選突破できた。

これはもう、胸を張ってもいいだろう…!


「のぞみーん!」


「お疲れさまーっ!」


裏口からスタジアムの外に出ると、知香ちゃんと宝生さん、ミキちゃんが待っていた。

知香ちゃん、宝生さんとハイタッチをして予選突破を喜び合う。

僕のレース結果をこれだけ喜んでくれる人がいるというのは、とてつもなくうれしい。

アスリート冥利に尽きるというものだ。


「これで一気にファンが増えたんじゃない?」


知香ちゃんがニヒヒと笑って、ぐいぐいとひじで僕を押す。


「3人ぐらい増えたと思うよ!計6人」


「ナニそのやけにリアリティのある数字」


「宮城の龍は、伊達に二番煎じの飾りじゃないね!」


うん。

何を言っているのかさっぱり分からない。


「まあでも、結局は前座なんだろうけどね」


「前座?」


「沙耶が出てきたら、星島君のことなんかみんな忘れちゃうでしょ」


「よーし。目をつぶって歯を食いしばれ!」


「専守防衛っ!」


すかさずグーで殴られる。

神様、いったい僕が何をしたというのでしょうか。


手荒い歓迎か、運動不足解消のためか。

知香ちゃんはフットワークを使いながらぽこぽこ僕を叩く。

シュッシュッといいながら、ポコポコ。

ちょっと可愛いぞ。

金髪の宝生さんも真似して2対1。

適当にあしらいながらミキちゃんを見ると、少しだけ唇の端を持ち上げていた。


「まあまあよかったんじゃない」


お褒めの言葉をいただいて、僕は軽く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「反省は後からにして、とりあえずダウンしてきたら?」


「はい」


世界の舞台で堂々の自己ベスト。

しかも10秒13の好タイムでの準決勝進出。

僕としては満点の内容だったのだが、天才から見たらそうでもないらしい。


つまり、僕はもっと速く走れるということだ。


以前もそんなふうに思ったことがあったが、それは間違っていなかった。

ミキちゃんに付いていけば間違いない。

こうなったらもう一生、付いていこう。

絶対にそうしようと思った。


(なんか、ミキちゃんにうまいこと操られてるなあ…)


そう思ったけど、もちろん、悪い気はしなかった。

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