第184話 援軍到着
ミキちゃんだ。
サブトラックの外まで走っていって、僕は稲森監督とミキちゃんの話が終わるのを待った。
ちょっと、忠犬みたいだったかな。
新見と加奈と真帆ちゃんも走ってきて、知香ちゃんと宝生さんと一緒に踊りだす。
この人たちは、オーストラリアまで来て何をしているんだろう。
黙って見ていると、ひとしきり躍った後、ハイタッチをしあって笑顔を見せた。
「あはははは」
「あはははははは」
ノリが、さっぱり分からない。
しばらく黙って待っていると、稲森監督がサブトラックに戻っていった。
ミキちゃんは白いキャップをかぶっていて、表情がよく見えなかった。
何かこう、服装といい見た目といい、美人女優が一般人のフリをして変装してる感じ。
「調子はどう?」
いつもどおりの声にほっとする。
覗き込んでみると、目が合ってミキちゃんは少しだけほほ笑んだ。
長旅のせいか、ちょっと疲れているようだ。
「ミキちゃん見たら元気が出た」
「いやーんっ」
小耳に挟んだのか、ぐいっと知香ちゃんに背中を押される。
「いいんだよ。レース前だけど、いちゃいちゃしてもいいんだよ?」
「相変わらず元気だね」
「まあね!」
知香ちゃんがびしっと変なポーズを決めた。
通りすがりの外国人選手2人組が、知香ちゃんを見て笑っていた。
「コテージは、どうだったの?」
聞いてみると、知香ちゃんは眉を開いてぽんと手の平を叩いた。
「大丈夫だった!」
「そっか。よかったね」
「ちょっと遠いけど、広いし、わりときれいなところだったよ」
代理店を通じてコテージを借りる契約をしたのだが、心配していたのだ。
わざわざ現地に下見に来れるわけがないし。
「立派なキッチン付いてるし、一流シェフがいるから、毎日ご飯が楽しみ!」
知香ちゃんが無意味に飛び跳ねながら言うと、新見がしょぼんと肩を落とした。
「選手村のご飯、美味しくない…」
「美味しくないの?」
「美味しくなさすぎ…」
新見の言葉に、僕と加奈と真帆ちゃんも肩を落とす。
僕らは別に、食い道楽の旅をしているわけではない。
でも、せっかくオーストラリアくんだりまで来て、あれだとね…。
「早く日本帰りたいなあ」
新見が言うと、加奈はコクコクとうなずいて拳を振り上げた。
「帰ったら焼き肉行く!」
「焼き肉か」
「カルビ!牛タン!冷麺!」
よだれを流しながら加奈は連呼した。
世界陸上は開幕したばかりなのだが、早くもホームシックにかかってしまったようだ。
この場合、フードシックというべきか。
「姐さんの手料理、食べに来ればいいじゃないすか」
宝生さんが言ったけど、新見が首を振った。
「そういうわけにもいかないから」
「じゃあ姐さん、お弁当でも差し入れしてあげたら?」
宝生さんの言葉に、新見はぴくんと耳を動かした。
「お弁当、食べたい!」
そう言って、ミキちゃんにすり寄ってぎゅっと手を握る。
それからその手をぶんぶんと振り回して、ミキちゃんの体が振り子のように左右に揺れた。
ミキちゃんはちょっと慌てた顔だった。
「食べたい、食べたい、食べたーいっ!いいでしょ?ねえねえ、いいでしょ?」
「わ、分かったわよ。分かったから」
「わーい!」
ミキちゃんの手を握ったまま、新見が万歳をして、それからぎゅっと抱きつく。
迷惑そうな顔をするかなと思ったけど、ミキちゃんは新見には弱いらしい。
スキンシップがうれしいのか、まんざらでもなさそうな表情だった。