表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
対角線に薫る風  作者: KENZIE
18/206

第18話 問題児と優等生

スタートからの加速練習を再開すると、聡志と、1年生の女の子がそれに加わった。

宮本真帆ちゃんだ。

やってきて、ぴょこんと頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「あ、うん」


真帆ちゃんは、インターハイ3位の期待の選手。

最近はミキちゃんにくっついていろいろと教わっているらしい。

身長はあまり高くなくて、ちょんまげ頭なので引っ張りたくなるけど我慢する。

ほとんどしゃべったこともないし、いきなりそんなことをしたら引っぱたかれそうだ。

どことなく気の強い顔をしている。


「星野さん。ちょっとそこいいですか」


「はい?」


「邪魔です」


「あ、はい…」


スタート地点をうろうろしていたので邪魔だったらしい。


いや、それは邪魔って言われたからまあ分かったんだけど、星野さん呼ばわりのほうが気になった。

もう、聡志のことをサトルって呼ぶのはやめにしよう。

意外と傷付くものだ。


「村上道場も門下生が増えたなあ、星野さん」


聡志はうれしそうに笑った。

ちょっとイラっとします。

屈託のない笑顔がもう…。


「そうですなあ、ハギワラサトルさん」


「それよりさ、今日飯食いに行かね?」


「うん…、金ないや」


「いいよ。たまには奢っちゃる」


「え、マジで?」


「マジで」


なんてすてきな笑顔なんでしょう。

ロシア人に見えるけど、それってつまり、イケメンってことだよね!


「ありがとう、橋本聡志さん!」


「どういたしまして星島望さん!あんま高いのは駄目だぞ」


「じゃあ…、牛丼の特盛り?」


「安上がりな男だな…」


聡志は笑ったけど、それは概ね正しい。

安上がりというか、僕は基本的に貧乏性なのだ。

いや、貧乏性じゃないな。

貧乏なんです…。


聡志はいかにも今どきの大学生。

講義はあまり出ずに、部活のほかにバイトに励んでいて小金を持っている。

彼女はいない。

趣味は洗車。

学生の分際で8人乗りのでかい車で、暇があればしょっちゅう磨いているようだ。


「ハンバーグにすっか」


「おう。ドイツとの関係は最近どうなの?」


「だからロシア人じゃねえっての!」


聡志はどすどすと地団駄を踏んだ。

加奈のクセが、移ってしまったようだった。


「はい、遊んでないで」


「あ」「すみません…」


ミキちゃんの眉がすうっと動いたので、大人しく練習再開。


練習を切り上げたのは19時前だった。

着替えて、部室の外で聡志を待つ。

人がいっぱいいたので、邪魔にならないように外に出たのだ。


(ふう)


僕が外の空気に触れたほんの数秒後。

女子のほうのドアが開いて、水沢咲希が出てきた。

地元の絹山女子高校出身のハイジャンプの1年生。

切れ長の目が印象に残る中性的な美人だ。


身長は175センチ前後。


僕よりちょっと低いぐらいで、あからさまにモデル体形だ。

二枚目で、ベリーショートだけどきれいな髪。

女の子から圧倒的な指示を得ており、カリスマ的な存在として学内で注目を浴びている。

噂では、ファンクラブがあるとかないとか。


だけど僕は水沢さんとはほとんど接点がなくて、あいさつぐらいしかしたことがなかった。

ちょんまげ頭の宮本真帆ちゃんもそうだけど、入学してきたばかりだしね。


「お疲れ様です」


「あ、お疲れさま」


避けようと思って左に動いたら、水沢さんも同じ方向に動いてぶつかりそうになる。

なので、今度は右に動いたらまた水沢さんも同じ方向に動いた。

例の、恥ずかしいパターンのやつだ。


それで、何となく目が合った。

切れ長の目をますます細めて首をかしげる。

軽く、微笑を浮かべるけどそれがまた二枚目だ。


やばい。

水沢さん、いいかも…。 


「失礼します」


水沢さんは会釈をして僕の横をすり抜けていった。

うちの女性陣には問題児が多いけど、水沢さんは優等生のようだった。


しゃんと伸びた背中を見送っていると、ドアが開いて部室から問題児Aが出てきた。

女の子なのに、肩を落として背中を丸めて、いかにも疲労感が漂うだらしない姿勢だ。


「うー。ハラヘッタ」


杏子さんだった。

言いながら僕を見て、それから歩いていく水沢さんの背中を見て、また僕を見た。


「咲希としゃべってたの?」


「え、いえ、別に」


「ふうん…」


杏子さんは僕をじろじろ見て、それからふんと鼻を鳴らした。


「言っとくけど、あの子狙っても無駄だからね」


「べ、別にそういうんじゃないんだから」


「ならいいけど。あの子、レズビアンだから」


想像を超えたことを言われて絶句していると、杏子さんは自分の鼻に人さし指を当てた。


「内緒だよ」


「え、あ、はい」


僕は慌てて頷いた。

女子高出身だし、いかにも女の子にもてそうな風貌だし。

実際にいつも女の子に囲まれているし。

今だって、長距離の1年生の女の子が慌てて追いかけていって横に並んだ。

言われてみれば確かにそんな感じに見える。

あれこれ想像して何だか無性にドキドキしてしまった。


「そんじゃね」


「あ、お、お疲れさまでした」


杏子さんが千晶さんと一緒に帰っていって、それからすぐに聡志が出てきた。


「お待たせ。いくべ」


「お、おう…」


「ん?なんかあった?」


「いやいや、なんもないよ」


思わずしゃべってしまいそうだが、内緒だ。

内緒だが、しゃべってしまいそうだった。


トラックを出て、駐車場まで歩いていって聡志の車に乗る。

郊外にある、小さなハンバーグレストランへ。

よくあるチェーン店ではなく、ドイツ人のシェフがいる、個人経営の小さな店。

いや、ドイツ人じゃないかもしれない。

とにかく、ちょっと髪の赤い、外人のヒト。


「久々だなあ」


呟きながら、木の床をごつごつと歩いていって席につく。


たまに来るんだけど、かなり本格的な味。

でも、ライスとスープ、サラダ、ソーセージつきのハンバーグセットで880円。

お値打ち価格だ。


「わりと通いたい店なんだけど」


「ふーん。デートとかで来ればいいんじゃね」


運ばれてきた水を飲みながら聡志が言う。

僕だって、可能ならそうしたいところだ。


「誰とだよ」


「えーと。ミキちゃん?」


問題児Bね。


「なんでミキちゃん?」


「いつも楽しそうにしゃべってるじゃん」


「あれが楽しそうに見えるのか」


「いや。あんまり」


「だろ」


「まあ冷静に考えればそうだよな。星島ごときがあんな美人に相手にされるわけないか」


「そうだよな。でも腹が立つのはなぜだろう」


ハンバーグセットが出てきて、しばし食べるのに夢中になる。

いつもコンビニやスーパーの弁当ばかりなので、牛丼以外の外食はごちそうだった。

肉汁たっぷりのハンバーグもおいしいけど、ソーセージが無性にうまいのだ。

太くてジューシーで、これだけでご飯が何杯でも食べられそうな感じ。


肉万歳!

白いご飯最高!

炭水化物万歳!


「でも、女の子とデートしたいよな…」


聡志がつぶやいた。

誘ってOKしてもらえるなら、誘ってみたいけどね。

ナイーブなお年ごろなので…。


「自分でミキちゃん誘ってみれば?2人でご飯いこーって」


「橋本君なんかと行くわけないでしょ、とか言われそう…」


「そこまでは言わないだろうけど、拒絶されて終わりっぽいな」


「じゃあ、ミキちゃんはやめて、加奈ちゃん?」


「また問題児か」


「でも、けっこう可愛いじゃん」


「うーん…」


「なしではない?」


「なしではないけど、もうちょっと普通の子がいいな…」


「じゃあ、杏子さん」


「じゃあっていうか、問題児の最たる人だろ」


「誰かいねえのかよ。普通に誘えるような女子は!」


「知香ちゃんなら、誘えば来そうじゃね?」


佐々木知香。

ハイジャンプの選手。

通称、ナニワのあきんど。

金が絡むと途端に能力をフルに発揮する、根っからの商売人。


「それって、単に食事目当てで?」


「そう、ご飯食べるだけ」


「でも、一緒にご飯食べてもらえるなら、お小遣いくらいあげてもいいのかなあ・・・」


ついに、聡志はそんな域まで達してしまった。


人のことは言えないけど、モテなすぎてつらいです。

彼女とか、できる気配全然ないもん…。

つらいもん…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ