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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第173話 出発

翌朝、一人さびしくソファーに寝ていた僕は早朝に叩き起こされた。


「起きろ、起きろ。起きないとキスしちゃうぞ!」


杏子さんだ。

ぺしぺしと、おでこを叩かれる。


「ぬぬぬ」


唸っていると、どすんと僕の体の上にのしかかってきた。


「早くしないと、今晩エッチさせてあげないよ!」


「しないから、平気…」


「置いてくよ。ほら、もう7時だよ!」


「…えっ」


慌てて、がばっと頭を上げて時計を見るとまだ5時だった。

悪い冗談だ。

だけどそれですっかり目が覚めて、僕はもぞもぞと体を起こした。

何も朝5時に起きなくてもいいと思うのだが、実はそんなに時間に余裕がない。

7時半には出発しなくてはならないのだ。


杏子さんはジャージ姿で、ミキちゃんはキッチンで朝食の準備をしていた。

僕だけ、寝ぼすけさん状態。


「ほれ。さっさと起きて着替えて」


「う」


「はい、さっさと靴はいて。行くよ」


「う」


引きずられるようにマンションの部屋を出る。

むわっとしていて、暑い。

朝靄の中、あくびをしながら、国道沿いを軽くジョギングする。

それから、小さな神社で体操とストレッチをして、お参りをしてからマンションに戻った。


クーラーの効いた部屋が気持ちよかった。


「シャワー浴びよ。一緒に入る?」


「入らない」


「ミキとは一緒にお風呂入るの?」


「教えない」


「ちぇっ…」


つまらなそうにチョップされる。

気のせいか、杏子さんのテンションが少し高いような気がした。

若干だ。

当社比102%くらい…。


あまり時間がないので、手早くシャワーを浴びて、朝ご飯を食べる。

細々とした準備を整えて、と。

忘れ物がないか、ミキちゃんがしつこいくらい確認したけど、大丈夫なようだ。


「よし、じゃあ行こ」


「はい」


「星島、荷物持って」


「はいはい」


タクシーを呼んで、3人で乗り込んでマンションをあとにする。


10分ぐらいで絹山駅に到着すると、既にみんなそろっていた。

100mに出場する、千晶さんと新見と加奈。

それから、リレーに出るちょんまげ真帆ちゃん。

本間君と水沢さんもいる。

今回はなんと、絹山大学から6人も出る。

OBを入れると9人だ。

黄金期と言っていいだろう。


「おいーっす」


「おはようございます」


「おはようございます、社長」


「よ、日本一!」


朝からよく分からないテンションだけど、杏子さんがうりっとふんぞり返る。

第1回日本スーパーグランプリの大成功で、杏子さんは鼻が高いようだ。


見送りが、何人か来ていた。

聡志と、ナニワのあきんど知香ちゃん。

それに高校の後輩の織田君と、おべっか金子君。

金髪の宝生さん。


それに水沢さんのファンクラブの面々が30人ぐらい集まっていた。


「あ」


藤崎小春が、ものすごい勢いで僕をにらんでいて、思い出した。

恒例の海合宿に、連れていくと約束していたのをすっかり忘れていた。


慌てて両手を合わせて謝るそぶりを見せたけど、黙って親指を下に向けられる。


「うう…」


せっかく関係がよくなってきたと思ったのに。

嗚呼、元の木阿弥…。


「ご、ごめん。今度、埋め合わせするから」


ひそひそと、談合を図る。


「な、何よ。埋め合わせって」


「えと。シーズン終わったら、みんなで温泉とか…?」


「お、温泉…?」


「大きな部屋で、水沢さんと雑魚寝できるかも?」


ごくんと、藤崎小春が息を飲む。


「こ…、今度は絶対忘れないでよね!」


「き、企画段階から相談します」


藤崎小春は力強くうなずいて、今度は親指をぐっと上に立てた。

ちょっとほっとした。


10分くらい、みんなであれこれむだ話をしてから杏子さんを先頭にホームへ。


「ほいじゃ、行こうかね」


「みんな、頑張って!」


「星島以外ファイト!」


見送りの声援を背に、電車に乗り込む。

電車が動き出して、窓越しにミキちゃんに手を振る。

ミキちゃんも、微笑を浮かべて小さく手を振ってくれた。


あとから応援に来ることになっているが、またしばしのお別れだ。

昨日、プレゼントしたネックレスを付けてくれているのがうれしかった。


「さーて。ミキもいないし、星島といちゃいちゃしよっと」


「しませんよ。しませんからね!」


お約束に、小さな笑い。

ちょうど、朝のラッシュの時間帯のちょっと前なので、空いている。

まあ、絹山くんだりではラッシュでもさほど混まない。

だけど、都心に着くころにはまさしくラッシュアワーで、めちゃくちゃ混んでいた。

圧倒的な人の量だ。


人の壁に辟易としながら新宿駅で降りて、ほかの代表メンバーや一部スタッフと合流。

コーチやトレーナーなど、スタッフは30名にも及ぶ。

稲森監督が日本代表短距離コーチに選ばれていて、我々としてはかなり心強い。


「ん?どうした星島、見送りか?」


珍しく、その稲森監督が軽口を叩いた。


「いえ、何か参加させていただけるようなので…」


「荷物持ちか?あ、どうも、浅海社長」


稲森監督が帽子を脱いで杏子さんに頭を下げ、笑いが起こった。

監督もテンションが高い。


今日、出発する選手やスタッフは半分くらい。

残りの半分は、あとから来ることになっている。

予算とかスケジュールとか、いろいろと大人の事情があるみたいです。

ちなみに、亜由美さんはメキシコから直接現地入りの予定だ。


「全員いるな」


短距離コーチの加納一郎48歳が確認する。

すっかりはげ上がっていて平凡な名前だが、現役時代は400mで活躍した選手だ。


「では、出発」


新宿駅から、日暮里へ。

そこで乗り換えて成田空港まで特急で1時間。

やっと空港に着いたと思ったら、取材陣が待ち構えていてそこでまた時間を食った。

もっとも、手続きに時間がかかったので、いい暇つぶしにはなった。


空港に着いてから1時間後、ようやく飛行機に乗り込む。

離陸して、空路、ブリスベンへ。

9時間ほどの長旅でかなり疲れたが、何事もなく無事にブリスベン空港に到着した。

初めての海外だった。

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