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対角線に薫る風  作者: KENZIE
172/206

第172話 結局は知香ちゃんに相談

のんびりできたのは、夏合宿までだった。


急に決まったので、帰ってから、僕はかなりのハードスケジュールに忙殺された。

テレビ出演を数本、雑誌の取材も数本、世界陸上用のVTR撮り。

一応は日本代表なのでそれなりに露出が増えた。


さらに、新見らと一緒に、大学の学長、絹山市長、東京都知事まで表敬訪問。

やはりみんな、新見沙耶に会いたいらしい。

後ろのほうでちらちらとテレビに移っていたのが、僕です。


それと、日本代表の合宿に数日間参加した。

こちらは半分顔見せ的な意味もあったが、陸上漬けの合宿だった。

合宿が終わってから静岡の招待レースに呼ばれて、北海道にも行った。


静岡では無風で10秒22。

北海道では向かい風1.2mで10秒26の好タイムで、調子は悪くなかった。

シンガポールでのレースにも誘われたけど、調整の問題もあってそれは断った。


それと、宮城出身の真帆ちゃんと一緒に、宮城県知事を表敬訪問。

その後、僕は仲浜市長のところにもいって、いろいろな人にあいさつ回り。

恥ずかしながら、母校の仲浜中学校では生徒たちの前でスピーチをさせられたりした。

何を言ったのか覚えていないけど、ギャグが壮大に滑って真っ白になったのは覚えている。


誰か、忘れさせてください…。


「うー。疲れた」


仲浜から帰ってきて。


数日ぶりにミキちゃんの顔を見れたのは、世界陸上に出発する前の日の夕方だった。

荷物をそのへんに放り投げて、杏子さんみたいにぼすんとソファーに倒れる。

ミキちゃんが自作のいちごオレを出してくれた。


「お疲れ様」


「何かお土産いっぱいもらった。商工会の人に。笹かまぼことか…」


「あら」


ガサガサと、ミキちゃんが紙袋を覗き込む。

明日からいないので、生ものをいっぱいもらっても困る。

だが、要らないと断るわけにもいかない。

仲浜市は人口4万にも満たない小さな町だ。

ある種、郷土の英雄みたいな扱いをされてしまった…。


「何か、むだにいろいろなもの背負わされてきた」


「仕方ないわね。ちゃんとメニューこなした?」


「うん。高校の先生にお願いして、トラック使わせてもらった」


「そう」


笹かまぼこやらケーキやらを冷蔵庫にしまってミキちゃんが戻ってくるころ、僕はもうちゃんとソファーに座っていちごオレを一口飲んでいた。

助さんだか格さんだか、どっちかは分からないけど?

懐から印籠を取り出すみたいな感じで?

小さな包みを取り出して両手でミキちゃんにどうぞと恭しく捧げる。


僕の隣に座りながら、ミキちゃんは何の気なしに受け取った。


「何?」


「プレゼント」


「ふうん…」


予想どおりの反応だった。

物欲の権化みたいな女の子でも困るのだけど、やはり少しぐらいは喜んでほしいのだ。

えーうっそーうれしい開けてみていい?ぐらいは言ってほしいのだ。

無理だろうけど。


まあこの反応は予想していたので、僕の心は折れなかった。

もう一口いちごオレを飲んでから、僕はひざを正してミキちゃんのほうに体を向けた。


「ミキちゃん、いつもありがとう。感謝してます」


「え、うん…」


ミキちゃんは大いに照れたようだった。

こういう、まっすぐな言葉に弱いのだ。

そしてその恥ずかしそうな顔がまた、非常に可愛らしい。


もう、これは久しぶりにいちゃいちゃするしかない!


「うん?」


だけど、ミキちゃんの隣にすり寄っていこうとしていたところで玄関のチャイムが鳴った。


マンションの入口ではなく、玄関のチャイムだ。

しかもガチャリとドアが開く音がして、ガタンと物音がする。

僕もミキちゃんも、思わず硬直してしまった。


「おーぅい。今日泊ーめーてーっ」


杏子さんの声だった。

目の前のいちゃいちゃうふふが消滅して、僕は思わずがくりと肩を落とした。

どうも、杏子さんには僕の邪魔をするための何らかのアンテナが付いているようだった。

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