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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第17話 加速走エンドレス

5月上旬、関東インカレが開催された。


我が絹山大学陸上部の主要メンバーは大活躍。

女子は総合優勝、男子は総合4位という成績を修めた。

特に、女子短距離は黄金世代と呼ばれていて、杏子さん、千晶さん、新見がそろっている限り、ほかの大学は敵ではない。


ちなみに、3人の中で一番活躍したのは千晶さん。 

個人種目では優勝がなかったけど、100m3位、200m2位、400m5位と得点を荒稼ぎ。

そもそも3種目もエントリーしているのがすごすぎる。

しかも4Kとマイルリレーの優勝にも貢献して、大車輪の活躍だった。


こういうバランスタイプのスプリンターは、チームにいると非常に重宝する。


なお、僕は終始スタンドで応援係。

時々、マネージャーのミキちゃんや詩織ちゃんに頼まれて何か雑用をするくらいだった。

部内での争いは厳しいけど、来年はどうにか出たいところ。

ただ、上の人は速いし、下からの突き上げも厳しい。

レベルが高すぎるんだよね…。


(とにかく、練習だ!)


そして今日も、絹山大学のトラックで練習。


全体練習を終えて、個人練習に移ろうとすると、ミキちゃんが加奈を連れてやってきた。

我が陸上部の誇る電子ピストルセットを持っている。

普通の電子ピストルは5千円もあれば買えるが、これは5万以上する代物だ。

違いがよく分からないけど、夏のような日差しを反射して、きらりと光る。


う、撃たないで…。


「一緒にやらない?」


とミキちゃん。願ったり叶ったりだ。


「やります」


「じゃあ準備して。今日もポイントで20mまで」


「はい」


「そのあと30mね」


「はい」


加奈と一緒にスタートラインにつく。

 

加奈は慣れた手つきでカチャカチャとスターティングブロックを合わせた。

1カ月前は使い方も知らず、スタートで「わちゃっ」とか言っていたんだけどね。

初心者は初心者なりに、少しはレベルアップしたというわけだ。


まあ、誰しも最初のうちは伸びるしね。

ここは、天狗にならないように鼻を折ってやろうじゃないの。


「位置について。用意」


だけど、電子音が鳴った瞬間、僕はぎくりとした。

加奈の反応が僕より速くて、リアクションそのものは完全に負けていたからだ。

 

さすがに女の子には負けていられないので、巻き返して20mまで走って戻ってくる。

驚いたというより動揺していた。

まさか、リアクションだけとはいえ、加奈に負けるとは思っていなかったからだ。

息を整えながらスタート地点に戻り、念のため、僕はミキちゃんに確認した。


「今の、フライングじゃなかった?」


「誰が?」


「誰がって…」


僕は横にいる加奈を見た。

視線に気付いて、加奈はえっへっへえと笑った。

視線を戻すと、ミキちゃんの眉毛が片方上がっていた。


「星島君、真剣味が足らないんじゃない?」


「そうですね…」


本当、初心者に負けていられない。

2本目からは真剣に取り組んだつもりだったんだけど、加奈の反応速度が良すぎる。

結局、何度やってもまるで歯が立たない状態だった。


加奈のスタートは、天性のものがある。


185センチの大女のくせに、やたらと反応がいい。

少なくとも最初の一歩は完敗だ。

10本、終わったところで僕は諦めて兜を脱いだ。


「駄目だ。負けました」


「えっへん!」


加奈は腰に手を当てて堂々と胸を張った。

いや、実際、大したものだと思う。


「お前、すごいな」


「そうでしょ!褒めて!」


「…褒めただろ」


「えっへん!反射神経には自信あるのだ!」


「そうなのか」


「キーパーやってたからね!」


「ふーん」


そういうものだろうか。

よく分からないけど加奈に負けたことは事実で、ミキちゃんは眉毛を上げて露骨にため息をついた。


「初心者に負けるなんてしょうがないわね」


「おれ、後半型だから」


「理由になってないと思うけど」


「はい…」


人間が全力で走れるのは6秒前後だと言われている。

なので、100m走ではどこかで力をセーブする必要がある。

それにより、前半型か後半型に分かれてくるわけだ。


ただ、トップレベルの選手は前半も後半も関係ない。

トータル的なレースマネジメントができているものらしい。

それは筋肉の使い方だったりつなぎの走りだったり、いろいろ難しい技術があるわけ。

それで、ミキちゃんにしょっちゅうあれこれ怒られている。


「スタート苦手なんだよな…」


「スタートだけじゃないでしょ」


ミキちゃんは表情一つ変えずに言った。

相変わらず、手厳しいというかストレートだ。


「それに、リアクションタイムはいいの」


「うん」


「大事なのは加速」


「うん」


「ちゃんと分かってる?」


「リアクションより加速が大事」


「そのままじゃない」


少し、ミキちゃんの眉毛が持ち上がる。


「速く反応しようと思わなくていいの。スムーズに加速していければいいの」


「ははあ…」


「何よ、ははあって」


「いや、思い当たることがあったもので」


女子100mの日本記録保持者、新見沙耶だ。


おそらく、リアクションタイムそのものでは新見より加奈のほうが上だろう。

だけど、序盤でリードしているのはきっと新見だ。

加奈なんかと比べるようなものではないけど、きっとそういうことだ。


「ゼロヨンとかと一緒か」


「ゼロヨン?」


「いかにスムーズに素早く加速していくかという…、つまり加速が大事?」


あれ。

最初に戻ってしまった。

ミキちゃんの眉毛は持ち上がったままだった。

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