第167話 サプライズ
翌日の昼遅く。
新見はトラックに顔を出すと、ストレッチをしていた村上道場のメンバーのところにやってきて、トテッと倒れた。
例によって、密着取材のカメラが付いてきている。
最初はカメラの存在に緊張したけど、最近はもう慣れてしまった。
「疲れた…」
大きく、息を吐く新見。
たぶん、あまり寝ていないんだと思う。
「お疲れさん。大丈夫?」
「ミキちゃんのご飯、食べれなかった!」
横になってごろごろしながら、ぷいぷいと唇をとがらせる。
それどころじゃないような気がするが、心残りだったらしい。
「いや、昨日は何もしなかったよ。杏子さんも千晶さんもいなかったし」
「ふうん。まいっか、高級焼き肉弁当食べさせてもらったから」
「焼き肉?」
その言葉に反応して、身体を起こしたのは加奈だった。
「焼き肉弁当。焼き肉屋さんがつくったやつ」
「焼き肉屋さんっ…!」
「1個3800円だって」
「3800えんっ…!」
「ふたつも食べちゃった」
「ふたつうううっ…!」
奇声を上げて後ろにばたんと倒れる加奈。
「お腹すーいたっ、お腹すーいたっ」
「お昼食べてないの?」
真帆ちゃんに聞かれたけど、加奈は無言。
もう消化してしまったんですね…。
「今日?今日やる?」
「ん?」
「ごちそう的な」
新見がやっと、笑顔を見せる。
偉業を達成したのに、それを誇るでもなく、いつもどおりだった。
「いいけど、ミキちゃんが何というか」
「ミキちゃんは?」
「あれ。部室にいなかった?」
言っていると、ミキちゃんが部室から出てきた。
何かプリントを持っている。
待っていると、こちらに歩いてきて、新見を見て少し眉を持ち上げた。
「おはよう」
「おはよ。何それ?」
「日本代表、発表されたから」
「わっ。見せて見せて」
みんないっせいに集まる。
首を傾けて、僕もプリントを覗き込んだ。
視線を走らせたけど、男子短距離のところに、星島望の名前は載っていなかった。
そりゃそうだ。
本間隆一、後藤俊介、玉城豊。
それから、土井恒星、本間秀二と載っていて、あとは400mの選手だった。
4Kは、男子100mの3人かな。
それと、200mに出る土井恒星か、本間秀二がメンバーだろう。
仕方あるまい。
覚悟していたので、さほどショックはなかった。
そして、女子短距離のところに視線を移すと、新見沙耶の名前が載っていた。
「おおお」
日本選手権に出ていない新見が、世界陸上の代表に選ばれている。
グランプリを日本記録で優勝したことが、考慮されたのか…?
「新見、載ってる!」
「え、嘘」
新見が目をぱちぱちさせて覗き込んだが、嘘じゃなかった。
堂々、一番最初に山田千晶と載っていて。
新見沙耶、前原加奈、山本幸恵、宮本真帆と続いている。
「わっ。ほんとだ!」
「おめでと!」
「やったーっ!」
新見がうれしそうに万歳をした。
手を伸ばすと、うれしそうにハイタッチしてくれる。
「いやーっ、超うれしい!」
「おめでと!」
真帆ちゃんと加奈も代表に選ばれた。
何かやけに静かだと思ったら、二人とも抱き合ってわんわんと泣いている。
「うれしいよう」
「あーん」
「うわーん」
新見までぼろぼろと泣き出して、危なくもらい泣きしそうになってしまう。
その点、ミキちゃんはさすがです。
眉毛をちょっと動かして、やれやれといった感じで見ているだけなんですから…。
並び順を見る限り、女子100mは千晶さんと新見と加奈だろうか。
「結果的に、A標準を突破した3人ね」
ミキちゃんの言葉に、新見がぽんと手を叩いた。
「あ、そうかそうか。2人しかいなかったんだ」
「山本さんあたりがB標準出してきてたら、また事情も変わってきてたんだろうけど」
「そだね。日本選手権3位だから…」
A標準突破者が、千晶さんと加奈。
B標準は誰もいなかった。
1枠空いているところに、新見が滑り込んだ格好だ。
日本選手権は出てないけど。
まあ、ほかにいないからいいんじゃない?みたいな。
そのほか、杏子さんと亜由美さんも代表入り。
水沢さんは女子フィールド種目で唯一の代表だった。
まず、順当なところか。
(うーん。ミキちゃんと2人で、オーストラリア旅行しようかなあ)
ゴルフクラブを売ったお金で、そうしたい。
だけど僕がお金を出すだなんて言ったら、ミキちゃんはいい顔をしないだろうなあと思った。