第163話 お祭り気分
翌日は、朝から日差しが強かった。
オレンジ色の太陽の下、汗をかきながら競技場入りする。
知香ちゃんのところに顔を出すと、水沢さんのサイン会をやっていた。
日曜日の午前中だというのに、ものすごい人だかりができている。
プレゼントを持ってくる人も多いらしい。
後ろのテーブルに置いてある荷物が、ものすごいことになっている。
「おいっす。すごいね」
「おっはよ」
今日も知香ちゃんは元気に踊っていた。
もう自分の出番は終わったので、稼ぎどきだとばかりに、やたらと張り切っている。
今日はバーベキューも焼いていた。
1年生が何人か手伝っており、いいにおいがしてくる。
公式グッズの店は、ベースマン寺崎とおべっか金子のコンビが切り盛りしている。
「ううぅ」
そして、唸る女が一人。
前原加奈だ。
加奈はじっとバーベキューを見て、ビールを見た。
それから真帆ちゃんのほうを見て、がくんと肩を落とす。
いくらなんでも、夕方にレースのある選手が、昼間からビールにバーベキューはよくない。
そのくらいは分かっているらしい。
「おれは出番ないから食べようっと」
「おれも」
「ビールも飲んじゃお」
「おれも」
聡志と織田君が、お金を払って両手に宝物をゲットする。
がぶりと肉をかじって、ぐびりとビールを飲む。
ただそれだけのことを見て、加奈がこの世の終わりみたいな顔をした。
気持ちは分かる。
「食べたい、食べたい」
真帆ちゃんのちょんまげをつかみ、力任せにぐりぐりと回す。
例によって、真帆ちゃんの首が止まりかけのコマみたいに回る。
「早めにお昼行く?」
新見が言うと、加奈はちょっと悲しそうな顔をする。
「お肉…、じゃないよね」
「パスタか何か」
「お肉ぅ…」
「お肉は、ほら、今日はきっとごちそうがあるから!」
新見がぐりっと僕のほうを見て笑顔を見せる。
すっかり食いしん坊キャラが定着したけど、新見はそれほど食べるわけではない。
加奈は量、新見は質という感じ。
まあ、どっちも食いしん坊ですけども。
「昨日焼き肉だったから、さっぱりしたのがいいな」
何の気なしに言うと、新見が見たことがないくらい変な顔をした。
何というか、ひよこみたいな口をして、ピヨピヨ言いそうな感じだ。
「ずるいずるい。自分ばっかり!」
「そうだ、そうだぞおおっ!」
聡志がすかさず合いの手を入れる。
昼間からビール飲んで、テンション高いです。
「いつもいつも、美味しいもの食べて!」
「そうだそうだ!」
「いつもいつも、いちゃいちゃして!」
「そうだそうだ!」
「うらやましいぞ!」
「死ねばいいのに!」
「あーもう、あたし、星島君の愛人になろうかなあ」
新見が爆弾発言をして、織田君がぶーっとビールを吐いた。
それが思い切り聡志の顔に吹きかかる。
聡志が固まって、それで新見があはははと笑った。
「冗談、冗談だよう」
「お、おう…」
「す、すんません、気管に入って」
知香ちゃんが米ナスマンタオルを貸してくれたので、織田君が謝りながら拭く。
しょんぼりの聡志。
一気にテンションがダウン。
ちょっとかわいそう…。
「冗談はともかく、今日、いいよね?」
新見におねだりされて、僕はうなずいた。
「ミキちゃんに聞いておく」
「わーい!」
新見がくるくる回る。
直接、ミキちゃんに言えばいいのにと思わなくもない。
そうしたらもっと仲良くなれると思う。
スポーツドリンクを2本買って観客席に向かう。
スタンドの屋根の影がくっきりと茶色のタータンの上に描かれるころになって、最初の競技が始まった。
今日は出番がないので、スタンドで観客と一緒になって応援する。
聡志と織田君は、焼きそばやらから揚げやらを食べながらビールを飲んでいる。
普通の観客以上にグランプリを楽しんでいるようだ。
ちゃんと朝ごはんは食べてきたけど、見ているとお腹が空いてくる。
「旨そうだな」
思わずつぶやくと、聡志は箸でから揚げをつまんでひらひらさせた。
「お前も食べればいいじゃんよ」
「いや。ミキちゃんとお昼食べるから…」
「出たよ。ミキちゃん病」
聡志が言って、織田君に笑われる。
ちょっと恥ずかしかった。
当のミキちゃんは、サブトラで出場選手の面倒を見ている。
水沢さんはまだ何か引っ張り回されているらしい。
女子短距離のメンバーもたぶんサブトラだ。
知香ちゃんとベースマン寺崎とおべっか金子君は金稼ぎ中。
要するに、のんびり観戦しているのは僕と聡志と織田君の3人だけだった。
「でもいいっすよね、美人の彼女いて」
織田君がうらやましそうに言う。
「おれも彼女欲しいっすよ」
「星島なんかのどこがいいんだろ」
聡志が不思議そうに言った。
そんなこと言われても困るけど、とりあえず何か文句を言おう。
そう思っていると、いきなり誰かがどさーっと後ろから寄りかかってきた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
熱射病か何かで後ろの人が倒れてきたのか。
そんなふうに思ったけど、そうではないようだ。
例によって、いつもの人がいつものようにくっついてきただけだ。
「なんだ。杏子さんか」
暑いのに…。
「なんだとはなんだ!」
後ろから首に腕を回してぐいっと絞めてくる。
タップをするとすぐに腕をほどいて、僕の二の腕のところのジャージをつかむ。
二人羽織みたいに、僕を操って…。
意味?
そんなものきっとないです。
よく分からないけどなすがままになっている僕を、聡志が恨めしそうな顔で見た。
「杏子さん、星島のどこがいいんですか」
「んー?」
杏子さんは僕の肩にあごを乗せて唸った。
「素直でまじめで優しいとこかな」
「ふーん…」
「あ。普通に答えちゃダメなとこだった?」
「いや、いいんですけど。ちなみにおれはどんな感じで?」
「んー、ちょっとおバカでたまに暑苦しい」
「わーん」
ほとんどオブラートに包まれていない言葉をかけられて、聡志は男泣きに暮れた。
そこは、普通に答えないほうがよかったかもしれない…。