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対角線に薫る風  作者: KENZIE
162/206

第162話 夢の記録

僕が主役になったのは、一瞬だった。


フィールドに最終種目の女子走高跳の選手が現れると、一部から黄色い声が上がった。

トラック種目はすべて終わっていて、全員の視線がそこに集まる。

電光掲示板は、常に水沢さんの姿を追っている状況だった。


「咲希さまーっ!」


「咲希せんぱーいっ!」


歓声の中、選手紹介が終わると、いよいよ競技が始まる。

 

一つ一つの跳躍のたびに、競技場は静まったり盛り上がったりを繰り返した。

ほかに何も競技が行われていない状況での試技は、選手もやりにくいかもしれない。

だけど、めちゃくちゃ注目されてるからやりがいはあるかも。

そのへんは、人によって違いそうだ。


「今日は、充電はしたの?」


前の席に座っていた新見が振り返って聞く。

加奈と真帆ちゃんと宝生さんも振り返って、聡志と織田君もじっと僕を見た。

おそるおそる、隣を見る。

ミキちゃんは、眉毛を斜めにして素知らぬ表情だった。

下手すると、今夜のサービスが消滅してしまうかも…。


「まあ、したような…、しました」


「じゃあ大丈夫かな。今度、知香ちゃんにもしてあげて」


「う…、き、機会があったらね」


世間的にはさっぱり注目されていないが、今日は知香ちゃんが頑張った。


いや、知香ちゃんはなんだかんだで頑張っている。

関カレでは3位だったし、日本選手権でも4位だった。

知香ちゃんは166センチしかない。

世間的に見れば長身かもしれないが、ハイジャンプの選手では低いほうだ。

それも加味すれば、かなり頑張っているほうなのである。

水沢さんが目立ちすぎているだけだ。


「あははは」


スタンドが笑いに包まれる。

172センチをクリアした知香ちゃんが、調子に乗って変な躍りを披露したからだ。

前の席で、加奈と真帆ちゃんと詩織ちゃんが一緒に踊っている。

何だか楽しそう。

今度、僕も教えてもらおうかしら…。


「知香ちゃんのことだから、商品かかってたら黙ってても頑張るか」


新見がつぶやいて、一同が笑う。


知香ちゃんはその後、175センチも一発でクリアして、堂々の3位に入った。

178センチはクリアできなかったが、試技を終えるとトラックの脇にいた米ナスマンの着ぐるみのところに走っていって、一緒に躍って最後にお得意の変なポーズを決める。

十分、パフォーマンスでは目立ったといえるだろう。

大会を盛り上げるこういうパフォーマンスは、どんどんしてくれていいと思う。



「バーの高さは、2mに上がります!」



やがて、場内アナウンスがそう告げた。


190センチ、195センチとクリアした水沢さんが、ゆっくりと歩いてピットへ向かう。

もう優勝は決まっている。

あとは、記録への挑戦だ。


緊張の一瞬。

バーがセットされ、集中して、助走を開始。

一回目の跳躍を行うが、これは踏み切ってすぐ背中がぶつかる完全な失敗。

スタンドからは短いため息が漏れた。

何だか異様な緊張感だった。


一端、荷物のところに戻って、ペットボトルに口を付ける。

知香ちゃんと何か言葉をかわし、再びピットへ。


ざわつく競技場が徐々に静まっていって、大きく、水沢さんは呼吸をした。

ゆっくりと、助走を開始。

175センチの、無駄のないスリムな身体。

それがスムーズにピットの上を滑っていって、踏み切ると同時にふわりと天を舞った。


伸ばした手が、バーの上ぎりぎりを通過する。

しなやかに反り返った背中。

それが抜け、最後に長い足が跳ね上がる。

鮮やかなジャンプだった。


「うおおおおおおーっ!」


「いったか!」


「いったああああっ!」


「きゃーっ!」


大歓声とともに背中で着地。

くるりと回転して立ち上がり、水沢さんは笑顔で両手を上げた。

しかし無情にも、どこかにぶつかってかすかに揺れていたバーが、カランと落下した。

夢の2mジャンプは、ほんのちょっとのところで惜しくも失敗に終わった。


「あああああああっ」


観客席が悲鳴に包まれる。

水沢さんは残念そうな表情を浮かべ、ごろんとマットの上にあおむけになる。

 

それから身体を起こしてひざを抱え、落ちたバーを見つめて二枚目な表情をしているところが、翌日のスポーツ紙の一面を飾った。

結局、3回目も2mをクリアすることはできなかった。

だけど、グランプリを盛り上げるという役目は十分に果たしたのだった。

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