第16話 ぎこちない人
ミキちゃんの予想どおり、約2時間、19時ジャストに料理が完成した。
メインは、野菜たっぷりの鍋物。
それと、手軽につまめる具だくさんいなりずし。
それだけで十分だと思うんだけど、から揚げとポテトサラダ。
イカ納豆、キャベツの漬け物と大根のシャキシャキサラダ等々…。
どれもこれも美味しそうでよだれが出そうになった。
料理をミキちゃんと一緒にリビングに運んでいくと、杏子さんが千晶さんにベタベタしていた。
まだ正式に始まったわけでもないのに、加奈はもう終わってしまったらしい。
真っ赤な顔で、ソファーにこてんともたれて眠っていた。
聡志とおしゃべりしていた新見が、鍋を置くスペースを確保してミキちゃんを見る。
「ごめんね。全部やらせちゃって」
「うん」
「星島くんもありがとね」
「おれはつまみ食いしてただけ」
「何、星島、ミキのことつまみ食いしたの?」
例によって下品に杏子さんが言ったけど、みんな苦笑するだけで何も言わなかった。
「ミキ、星島はあたしのもんだからね!」
ウヒヒヒと笑った杏子さんを、ミキちゃんがじろりと睨んだ。
「浅海さん」
「え、ん、え?」
「いい加減にしてください」
「あ。はーい…」
ミキちゃんにしかられた杏子さんがたたずまいを直して、新見がパチパチと拍手をした。
千晶さんが、杏子さんの頭を慰めるようにすりすりと撫でる。
結局、誰であろうともミキちゃんにはかなわないということだ。
タイミングよく、加奈がカクンと目覚めた。
寝ぼけ眼で、クンクンと鼻を鳴らす。
「ん。何、いい匂いする」
「犬かよ」
「あーっ、美味しそう!食べていいの?食べていいんですか?」
「じゃあ、改めて乾杯しますか」
「じゃあ、千晶おめでとーっ、乾杯!」
フライング気味かつ適当に杏子さんが言って、みんな慌ててグラスを持ち上げた。
こんなふうに集まるのは初めてで、自分の誕生日でもないのにちょっとうれしかった。
食べ始める前に、千晶さんにプレゼントを渡す。
僕はアロマキャンドル、ミキちゃんはネックレス。
新見はピンクのシャツで聡志は映画のDVD。
杏子さんは質実剛健にランニングシューズだったけど、かなり高そうなやつだった。
「あたしは、これですっ」
加奈が買ってきた細長い品の正体は、トーテムポールの置物だった。
「あ、ありがとう…」
さすがに千晶さんも驚いていたが、加奈はうれしそうに説明した。
「けっこうデザインが可愛いですよね」
「そ、そうかもね、うん」
「知ってます?トーテムポールって昔の人のお墓なんですよ。棺桶がついてることもあるんだって!」
いや。
悪意はないと思う。
多分…。
その後、泡の出るジュースを飲みながら、みんなでわいわいと食事をする。
アスリートらしく、ミキちゃん以外、誰もが食欲旺盛だった。
あっという間に鍋の具がなくなって、追加の具とうどんが投入される。
それもぺろりと平らげて、やっとみんな落ちついたようだった。
いくら人数がいるといっても、相当な分量だったと思う。
ちゃんと理解して、それなりの量をつくったミキちゃんはすごいです。
だから2時間もかかったんだね。
バースデーケーキは、パブロという喫茶店のチョコケーキ。
女子はみんな大好きらしくて、僕も食べたけどほろ苦くて絶品だった。
「ごちそうさまっ」
加奈はとても満足そうだった。
「お前、よく食べるなあ」
「成長期だから!」
まだ成長する気か。
2m超える気か?
「村上さん、料理上手なのね」
千晶さんが、ミキちゃんからツナコーンから揚げのつくり方を聞いている。
確かに、あれはうまかった。
新見も、大満足の表情。
「美味しかった!いいなあ!お嫁さんにしたい!」
新見が言って、僕は思わずウンウンとうなずいた。
ミキちゃんはぷいっとそっぽを向き、立ち上がって鍋を片付け始めたけど、杏子さんは僕を指差してぐるぐると回した。
「星島は、お嫁さんにするなら誰がいい?」
また、いきなりそんなことを言い出す。
みんなの目が僕に一斉に注がれたけど、答えは決まっているようなものだ。
「そりゃもう、杏子さんです」
だってほかに答えようがないじゃないか。
一種のお約束の問答なんだけど、それでも杏子さんの目じりはみるみる下がった。
「だよね。エッチの相性いいもんね!」
「悪質なデマは流さない!」
そんな馬鹿話をしながら、しばらくわいわいと盛り上がる。
だけどそのうち、明日早いということで、新見とミキちゃんは先に帰っていった。
それからまた少し飲んだけど、千晶さんがかなり眠そうだったので、帰ろうかということになって、残りのメンバーで後片づけを始めた。
加奈はまた眠っている。
杏子さんはつんつんと加奈をつついたけど、ぴくりとも反応しなかった。
どうもアルコールには弱いらしい。
「寝せとくか。朝にゃあ起きるでしょ」
「いいの?」
「大人しく寝てるぶんにはね」
杏子さんは毛布を持ってきて加奈にかけた。
それから冷蔵庫からウーロン茶の缶を持ってくると1本を僕に手渡して、プルトップを空けてぐいっと飲んだ。
「ライテックスの監督が、卒業したらうちに来ないかって言ってくれてるんだ」
ライテックスホールディングスは、スポーツ用品部門で世界的に見ても大きなシェアを誇っている大企業だ。
オリンピックやワールドカップの最大手のスポンサーとして知られている。
言うまでもなく超一流企業で、まず、知らぬ者はなかろう。
陸上部も強くて、つまり、陸上選手としてはエリートコースなわけ。
「すごいじゃないですか」
「でも、練習拠点が名古屋なんだよね」
「名古屋はまずいの?」
「星島と会えないもーん」
ウヒっと笑って、ウーロン茶を飲むと、杏子さんはふうっと息を吐いた。
「一応、大学院も考えてるんだよねえ」
杏子さんは呟いた。
けっこう悩んでいるらしい。
「大学院かぁ」
「スポーツ科学専攻してさ。ほら、一生選手のままってわけにもいかないじゃない」
「将来は指導者ですか」
「分かんないけどさ。星島は何か考えてんの?」
そう言いながら、杏子さんは僕の頭をくりくりと撫でた。
しかし、僕は答えることができなかった。
正直なところ、何も考えていないというのが現状だ。
「いえ。今のところは」
「そっか。まあ、まだいいか」
「はい」
「ま、まあ、今の調子で手抜きするんじゃないのよさ?」
「よさ?」
「最近頑張ってるらしいし?見てる人はちゃんと見てるような?多分ネ?見てるからネ?」
励まそうとしてくれているらしい。
だけど、何だか露骨にぎこちない。
「杏子さんって、人のこと褒めるの苦手?」
指摘すると、ぎくっとした顔をする。
「ち、ち、ちがわいっ」
「だってめちゃくちゃぎこちなかった…」
「う、うるさいうるさいうるさーいっ!」
ポカポカと叩かれる。
だけど気持ちは、ものすごくうれしかった。




