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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第159話 ラストチャンス

しばらく競技を見て、サブトラックへ向かう。

外の広場では、スポーツドリンクと米ナスマンアイスのところに行列ができていた。


とてもにぎわっていて喜ばしいが、それには背を向けてサブトラックへ。

とにかく自分の出番に集中したい。

泣いても笑っても、これがラストチャンスなのだ。


競技場が舞台なら、サブトラックは舞台裏だ。

競技場が夢なら、サブトラックは現実だ。

一種、独特の緊張感の中、今日もたたずんでおり、アスリートたちが身体を動かしている。


「よし。ちょっといってくる」


「いってらっしゃい」


ミキちゃんに声をかけて、僕もアップを始める。


さすがにトップアスリートが集う大会だけあって、そこかしこに見知った顔があった。

男子100mの出場者は、さすがに歴戦の兵ぞろいだ。

星島望を筆頭に、浅田次郎、後藤俊介、土井恒星、本間隆一などが出る。

いずれも見知った顔だ。

玉城豊の姿がないのは、確か11位とかだったから。

コンディションが悪かったみたい。

条件の異なる一発勝負の予選会なので、ちょっとした波乱もありそれもまた面白い。


「きーん」


黙々とアップをしていると、斜め後ろから飛行音が聞こえて、僕はさっと前に避けた。


「おおっ」


うれしそうな顔を見せたのは、言うまでもなく杏子さんだった。


「すごい。鮮やか!」


「まあね。学習しました」


「それでこそ星島!」


だけどすぐに捕まって、ぐりぐりと頭をこすりつけられる。

周囲の視線がちょっと痛い。


「んー。充電!」


「ちょっと。恥ずかしいから」


「いいじゃんいいじゃん。久しぶりだし」


ひたすらぐりぐりとやられる。

仕方ないのでされるがままになっていると、水沢さんが歩いてきてにこりとほほ笑んだ。


「おはようございます」


「あ、おはよ」


肩越しに杏子さんが振り返って、水沢さんが会釈する。

水沢さんはそのまま杏子さんの後ろに立って、笑顔で僕の顔をじいっと見た。

今日も、二枚目だった。


「順番待ちです」


「う。高跳び、まだだよね」


「できるときにしておきます」


グランプリ予選会のときのことを言っているらしい。

僕がさっさと帰ってしまったので、充電してもらえなかった。

おかげで172センチしか跳べなかったと、翌日にぼやかれたのだ。


「咲希、今日は頼むよ」


ぱっと僕から離れて、パチンと手でバトンタッチしながら杏子さんが言った。

水沢さんは少し首をかしげて、二度、瞬きをした。


「何をですか?」


「トリにしたんだから。いい記録出して盛り上げてちょーだい」


「あ、はい。頑張ります」


水沢さんは答えて、僕の胸にそっと手を置いた。

じっと僕を見つめて、とにかく見つめて、それからやっと僕の胸に体を寄せる。

乱れた心臓の鼓動が聞かれそう。

ちょっと慌ててしまったけど、僕はぎゅっと水沢さんを抱き締めた。


「充電器星島」


そう言って、杏子さんがウヒヒと笑った。

 

プログラムに選手紹介が載っているんだけど、僕のキャッチコピーは充電器星島だった。

明らかに、杏子さんのいたずらだ。


「ありがとうございます。充電できました」


「そ、そう。よかった…」


ちょっとだけ、3人でおしゃべりをして、アップを再開する。

湿度が高いのか、熱気がすごくて、汗が止まらなかった。

少し風が吹いていて、競技場のほうを向いて確認したけど、緩やかな向かい風のようだ。


(うーん…)


追い風になってほしいところだが、こればかりは僕にはどうすることもできない。

まさしく、天に任せるばかりだ。


「調子はどう?」


息を整えてながら水分を補給していると、ミキちゃんがタオルで汗を拭いてくれる。


何とかして、報いてあげたい。

ここまできたら最早、自分のためだけではないのだ。

ミキちゃんにしろ杏子さんにしろ、ものすごく世話になっているし。

後輩の織田君や金子君のためにも頑張りたい。


「もう、調子がどうとか言ってられない気がする」


「そうね」


結果はどうあれベストは尽くす、ではなく、ベストを尽くして結果を残したい。


「もうちょっといってくる」


「うん」


再度、サブトラックに出て身体を動かす。

夏なので、軽くアップをすれば体温は上昇するのだが、心理的な準備という側面もある。

徐々に精神を集中させていくわけだ。

そしてその集中力こそが、競技を行う上で最も大事になってくるものだと思う。


(そろそろか)


サブトラックの大時計は、今日は進むのがやけに遅かった。

 

かなりの時間、サブトラックにいたような気がするし、振り返れば一瞬だった気もする。

とにかく、時間が迫ってきた。


いよいよだ。


バッグを背負い、僕はミキちゃんと一緒に競技場に向かった。

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