第137話 テキテキと
「まあそういうのも含めてさ。とにかく、陸上界をみんなで盛り上げていかないと駄目なわけよ」
少し酔ったのか、杏子さんが演説をぶった。
「日本選手権だって、あたしが客だったら見に行かないよ」
「え、行かないの」
「行くよ。行くけど、行かないでしょ、普通は!」
なんか言ってることめちゃくちゃだけど、酔ってるから仕方ない。
まあ、酔ってなくても、杏子さんはあれだけど…。
「そりゃ、あたしは行くけど、あれじゃ普通は行かないでしょ。ショーアップして、何度も足を運びたくなるようにしなきゃいけないと思うんだよね」
「まあ、そうですね」
「やっぱさ、陸連なんかに任してたら駄目よ。お役所仕事しかできないんだもん」
「営利団体じゃないですからね…」
「それそれホーイよ。そんなところにスポーツイベントをやらせるのがそもそもの間違いなんだよね」
それそれホーイの意味は不明。
掛け声に合わせて、刺身のツマを僕の口に放り込んだと思ってください。
せめてしょうゆは付けてほしい…。
「あんなんだったら、うちの大学のイベントサークルにやらせたほうがなんぼかマシだと思わない?」
「ムグ、うん、まあ…」
「だいたいさ、ちょっと前にさ、陸上をメジャーにするとかって、選手が個人で大会開いてたじゃん。1千万も使ってだよ。何でそんなの選手にやらせるわけ?そんなの陸連の仕事でしょ!親が仕事しないで子どもに稼がせてるようなもんだよ!」
興奮して、杏子さんはパシパシとテーブルを叩いた。
「それとさ、関係者にも危機感ないと思うんだよね」
「危機感」
「選手紹介のときとか、いいパフォーマンスのときとか、全員でわーっと盛り上げてあげないとダメじゃん。自分たちのチームの選手のときばっかりじゃなくてさ。そのくらいは選手も監督も率先して、盛り上げるの協力してあげないとダメ!」
「そうですね。すいません」
「一番声出してるのが、飲み物売ってる女の子な時点でどうなのよ」
「あー。そうですね…」
「外国とかすごいよ。スタンディングオベーションで、いつまでたっても拍手終わんない」
「ああ。ブーイングとかもすごいよね」
「そそそ。でも、関係者だから声を出せっていうのは乱暴だから、環境づくりだよね。外国だからとか関係ないわけじゃないじゃん。実際、サッカーとかなら、日本人だってわーって応援してるじゃん」
「確かに」
「そういうのをこう、観客が盛り上がれるように、なんか考えないと」
「うん」
「でもさ、お役所仕事だからさ、そういうのできないんだよね。あんなんだったら、うちの大学のイベントサークルにでもやらせたほうがいくない?」
「うん。それさっきも言った」
「何度でも言うよ!結局さ、来てる人、みんな発散したいの!わーって騒ぎたい。サッカーでゴールしたときなんか、スタジアムが大騒ぎになるじゃない。外国とかすごいよ。でも日本だって、サッカーとかなら、わーってすごいじゃん」
なんか微妙にループしてる。
「みんなでわーってやるの、楽しいじゃん。それがスポーツのだいご味でしょ。あのくらいやってもいいと思うんだよね」
「そうですね。サッカーや野球は応援団が率先してやりますからね」
「家でテレビで見てるのと一緒じゃ、絶対ダメじゃん。わざわざ足を運んで見にきてくれるんだからさ、わーっとやって、盛り上がってもらって、発散して、また来ようって思ってもらわないとダメじゃん。陸上はそういうところから始めないとダメなんだよ」
「それは確かにそうかも…」
水沢さんがうなずく。
賛同を得て力強く思ったのか、杏子さんはさらにテーブルをぱしぱし叩いた。
「あと、何でインタビューとか、ゴール地点の引っ込んだところでやるわけ!?」
「さあ…、配線の関係とか?」
「引っ張っていって真ん中でやればいいじゃん!」
「まあ、そうかな…」
「何で飲み物がコンビニより高いの!」
陸上の大会あるあるになってきた。
「それは、ある程度利益も確保したいだろうし」
「いーくーらーも、もうかんないでしょ!そういうときこそ逆にサービスすべきでしょ!イベントに行って飲み物買うより、普段スーパーとかコンビニで買う機会のほうが圧倒的に多いでしょ!こないだ陸上の大会見にいったら高かったから、今日は別のメーカーの買おうって思うじゃん!」
「うん、まあ…」
「隣のパンのブースはよかったよ!スーパーと同じ値段で売ってたもん。そんで、買った人全員に、ビニールのポンポン配ってた。細長い風船みたいなやつ
「ああ。ありましたね」
「あんなん原価でいくらもしないし、買っても買わなくても企業のイメージアップにつながるじゃん。そういうサービスしてくれたらさ。なんでわざわざ、注目が集まるイベントでさ、500mlのペットボトル250円なわけ?」
「まあ、そうですね…」
「足元見るなって思うよね。イベントのときとか、観光地価格っていうか、ここぞとばかりに値段上げるのは絶対逆効果!」
「うん。まあでも会社の方針もあるだろうし、陸上とはあまり関係ないような…」
「違うでしょ!そういうのも全部ひっくるめてのイベントでしょ!トイレが汚いとかさ、嫌でしょ!」
「あー。それは確かに…」
「とにかく、来てくれた人にマイナスイメージ持たれたらダメ!気持ちよく帰ってほしいじゃん!トイレ掃除なんて何百万円もかかるわけじゃないんだから、やろうよ!」
「まあ、そうですね」
「トップの選手には、ファンサービスもしてほしい!終わったらさっさとサブトラに戻っちゃうんじゃなくて、5分でも10分でもさ、握手するとかサインするとか写真撮らせてあげるとか!」
「そうですね」
「そんでそのときは、あたしも咲希みたいにちやほやされたい!」
「はい」
「星島とエッチもしたい!」
「いえ」
「そういうのを、全部、うまくやれ!」
いきなり振られて、亜由美さんがぶっとウーロン茶をこぼした。
「え、あたし?」
「うら。社員だろ、テキテキやらんかい!」
「テキテキ…」
この人、普段は少しおかしいけど、今日は珍しくいいことを言った。
まあ、普段はあれですけどね。