第136話 ナニワのあきんど
そんなこんなで、戸川記念も終わった。
水沢さんが女子走り高跳びmで標準Aを突破。
日本選手権で3位以内に入れば、世界選手権の代表が確定する。
まず、リーチと言っていいだろう。
そのほか、先輩方の結果は割愛。
可もなく不可もなく…。
「よーし、かえんべ!」
杏子さんの号令で撤収。
電車で絹山まで戻り、僕たちは駅前の居酒屋でささやかな打ち上げをした。
スポンサーは、社会人である杏子さんと千晶さんと亜由美さん。
ゲストは僕と新見と水沢さん、それと本間君だ。
話題は、アサミACが主催する、日本スーパーグランプリ。
とにかく、知香ちゃんがアイデアをいっぱい出してくれているらしい。
例えば、有名人を呼ぶ作戦も知香ちゃんのアイデア。
限定200足のランニングシューズをプレゼントする代わりに、プライベートで来てくれる有名人を募集したのだそうだ。
SNSをやっている有名人は多いので、やたらめっぽうに連絡したようである。
それとなくSNSやイベントやテレビ番組で日本スーパーグランプリの話題に触れてもらうことによって、さらなる宣伝効果も期待できるということらしい。
「しかもそのお金も、うちは出してないもん」
と、杏子さん。
「え、どこが出してるの?」
「そりゃ、天下のライテックス様よ。あ、ビールね。そんで、グランプリのホームページと会場で、同じタイプのランニングシューズを1万円で売るわけ。デザインちょっとだけ変えて廉価版とかいって」
「うえ。何かずるい…」
さすがナニワのあきんどだ。
秋田出身だけど。
「それと、認定カード。カードあったっけ?」
刺し身のツマを僕の口に押し込みながら杏子さんが言った。
千晶さんがバッグから何かとりだして、テーブルの上に並べてみせる。
銀行のキャッシュカードと同じサイズ。
デザインが何種類かあって会員証みたいな感じだ。
素材は、よく分からないがテレホンカードと同じようなもの。
…テレホンカードって知ってる?
「参加者全員に、これをプレゼントしまーす」
「ふうん。何これ」
「公式記録認定証。陸上やってる人じゃないと、記録公認してもらえないでしょ」
「おお。サッカー部とか野球部が喜ぶ」
「そうっしょ。それで、公認された記録はデータベースに登録されてグランプリのサイトからあらゆるパターンで検索できる」
「ああ。このあいだ言ってたやつ?データベースうんぬん…」
「そそそ。自分の記録が東京都で何位なのか、絹山市で何位なのか、全国の22歳男性で何位なのか、検索すれば全部分かっちゃう」
「おお。燃える!」
「燃えてくれるといいけどね。これさ、グランプリ終わってもデータベースは全部生かしといてさ、リアルタイムで更新予定だから。今までなかったでしょ、誰でもアクセス可能な記録のデータベース」
実は、まるでないのだ。
陸連が管理している部分はあるのだろうが、僕らには一切それが見えない。
自分が何番目にいて、代表争いはどうなのかとかは自分で調べるしかない。
不便なこと、この上ないのだ。
「ちなみに、サイトでデータを検索するたびに広告が表示されて、その広告料がうちらに入るわけ」
「広告」
「例えば、絹山市、女子、24歳で検索するでしょ。そうしたら自分の順位が分かると同時に、絹山市で美味しいスイーツの店とか、いい感じの美容室とか、エステだとか、そういうところの広告が出るわけよ。検索した人にピンポイントで合ってるから、ほかの検索サイトよか効果的ですよと謳ってるわけ。これも知香の発案」
ナニワのあきんど、末恐ろしいと思った。