第124話 関東インカレ開幕
最後の関カレは、僕にとっても絹山大学にとっても順調な滑りだしだった。
初日の男子100mの予選は、向かい風2.6mが吹いていた。
強風と言ってもいいだろう。
その中で、10秒69の2着。
風がきつくて疲れたけど、どうにか予選は通過できた。
本間君も十文字も、加奈もちょんまげ真帆ちゃんも佐々木陽子も予選突破。
100mの代表は、全員が準決勝に進出したことになる。
4Kも男女とも無事に決勝に進出できたので、まずはパーフェクトと言っていいだろう。
「おい」
「ん?」
「なんか最近、おれのこと忘れてね?」
「えと、どちら様?」
2日目の日曜日、やや肌寒い、曇り空。
競技場に到着して、待機場所で休憩しているとロシア人に声をかけられた。
「ロシア人に知り合いはいないんだけど」
「おれだよ!橋本聡志!生まれも育ちも山梨!」
「ハラショー?」
「は・し・も・と!」
地団駄を踏む聡志。
なんか久しぶりに見た気がする…。
「アップしなくていいのかよ!」
「行くけど、何でそんな怒ってんの?」
「1着+4とかねーよ!」
「まだ言ってるのか」
聡志は男子400mに参加して、3組の2着だったけど決勝に進めなかった。
4組なんだから素直に2着まで決勝進出にすればいいのに。
そう憤慨していたのだが、まあ仕方がない。
みんな同じ条件でやっているのだから、単純に力不足だ。
そして力不足が分かっているからこそ、八つ当たりしているのだろう。
「くそーっ。おれもアサミACに入れてほしい…」
ぶつぶつ聡志が言う。
「外人枠なら、余ってるかも」
「そんな枠ねーだろ。プロ野球じゃあるまいし。まだ陸上続けたいのに」
まじめな顔で言う。
僕たちも、4年生だ。
どこからも誘いがなければ、陸上人生は終わりになってしまう。
もちろん、普通に就職して続けることもできる。
でも、仕事をして練習をするというのはかなりきつい。
練習時間も限られてしまう。
第一線で活躍したいなら、実業団に所属するか大学院に進むか、それしかないのだ。
聡志の悩みもすごく分かる。
「だってさ、今、陸上やめたら、本多由佳里と出会うチャンスがなくなるだろ」
せっかく同情していたのに、聡志がそんなふうに言った。
しかも、大まじめな顔で。
本多由佳里ってのは、女子800mの若き女王ね。
高校を出て、鳥羽化学に入社。
長髪の美人さんです。
「お前、そんな動機で言ってるのか」
「それ以外に何がある?」
「だったら、鳥羽化学のトラックのグラウンドキーパーにでもなればいいじゃん」
「おお…っ!天才!」
バカ…。
脳みそに春が来た聡志を織田君に任せ、移動して、コンコースで軽くアップする。
十文字を発見したので一緒にアップ。
最大のライバルである本間君は、音楽プレイヤーで何かを聴きながら、奥のほうでごろりと横になってストレッチをしている。
「あいつ、最近しおりんと仲いいよな」
十文字がささやく。
「何か腹立つよな。マネージャーに手出すなっての」
「だよな」
「お前もだろ!」
「ミキちゃんはいいんだよ。ほっといても誰も手出さないだろ」
「それもそか。いくら美人でもな。あの性格じゃな」
半ば冗談で言ったのに、あっさり納得されてしまった。
「で、どうなの?うまくいってんの?」
「うん。まあまあ」
「けっ。死ねばいいのに」
「もうちょっとオブラートに包もうか」
男子100m。
準決勝は2組で争われ、上位4着までが決勝に進出できる。
ここはきっちり勝ち残っておきたいところだが、ライバルが多いから油断はできない。
僕の出る2組は強敵ぞろいだ。
「なかなかきつい組だな」
十文字が呟く。
「そうだな」
「1組に入りたかった…」
「1組は本間君くらいか」
「ま、おれには200mがあるからな。たぶん今年は優勝しちゃうな」
「くっ…。空気キャプテンだったくせに」
「うるせ、変態トレパンフェチ尻敷かれ王」
「何それひどい」
「女の敵かつ男の敵、すなわち人類の敵アホじま」
「十文字が性格悪いって言ってたよって、ミキちゃんに告げ口しよっと」
毒づいていた十文字が、途端ににこやかになる。
「…星島さん。ラーメン好きだったよね?」
「チャーシューが乗ってればな」
「くっ…」
冗談はともかく、本当に1組はきついのだ。
まず、去年のチャンピオンで、インカレ2位の浅田次郎。
辰川体育大学の4年生。
脳みその代わりにピーナッツバターが詰まっているやつだ。
それと、東都大学に入った武藤清春。
名門、埼玉星明高校出身。
去年のインターハイで10秒25を出して優勝した新幹線みたいな1年生だ。
多分、今からばんばん伸びてくると思う。
そして最近好調の十文字。
本人が言うように、200mでは優勝しそうな勢い。
100mでも上位に食い込んできそうな感じだ。
ほかにも速そうな選手がいるので、4着に入るのも大変だといっていい。
「星島だぜ、インカレ3位の…」
だけど、誰かが噂しているのが耳に入って、僕は鼻息を鳴らした。
ベストタイムを比較したら、僕だって負けていない。
準決勝くらい余裕で通過して、返す刀で決勝をぶっちぎってやろうと思った。