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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第109話 ジャッキーじゃないほう

エレベーターで戻って玄関のドアを開けると、杏子さんがやいやい騒いでいた。


「お腹すいたーっ」


終わったことを察知したらしい。

終わるまで待ってたことを、評価すべきだろうか。


リビングに行ってみると、ソファーにうつぶせになったまま書類を読んでいる。

何というか、だらしない。

足を上に向けてぶらぶらと揺らしている感じだ。

その身体に毛布をかけてあげて、ミキちゃんはちょっと考えるような仕草をした。


「引っ越しそばでもつくりましょうか」


「んー。もっと美味しいの食べたい」


悪気はないと思う。

悪気はないと思うけど、とりあえずそば業界とファンに謝れ。


「じゃあ、オムライスにコーンスープは?」


その言葉に、杏子さんは毛布の下で足をばたばたさせた。

喜んでいるらしい。


ミキちゃんが料理を始めたので、手持ちぶさたになって僕は杏子さんの隣に座った。

杏子さんはシャクトリムシのように身体を動かして前進すると、僕のひざを枕にする。

ごろんと上を向いたけど、こっちの顔なんか見やしない。

毛布がずれたので、かけ直してあげる。

本当、誰かに世話されないと駄目な人だ。


「何読んでるんですか」


聞いてみると、杏子さんは軽く欠伸をした。


「企画書」


「企画書?」


「グランプリの」


「グランプリ?」


「賞金レースやるって言ったでしょ」


「おお。もう動いてるんですね」


「来年やる予定なんだけど、やっぱ難しいなあ」


ばさっと書類をテーブルに投げ出して、杏子さんはすりすりと僕の足を撫でた。


「取材、どうだった?」


「取材?」


「星島にも話聞くように言っといたんだけど。カメラ行かなかった?」


「あ。新見の密着取材のやつ?」


「そうそう。うちが制作会社だから」


全然知らなかった。

意外と積極的に活動しているようだった。


「一応、ちょっとだけ聞かれた」


「そっか。来年は、星島も単独取材されるようにならないとね」


「取材かあ」


「後輩の本間コウジとのライバル対決!とかいって」


「秀二ね。本間秀二」


相手は、世界ジュニア銅でインカレ覇者だ。

僕が一方的にライバル視しているだけで、向こうはそうではないだろう。


そこそこ速い先輩。

本間君にしてみればそんな感じのはずだ。

来年は、立場を逆転させたいところである。


「でも、そういうの、もっとクローズアップされてもいいよね」


「そうですね」


プログラム見ても、1レーン、ナンバー○○番、星島望、絹山大学と書かれているだけだ。

テレビでは有力選手しか紹介しないので、なかなか感情移入しにくい面がある。

もうちょっとプログラムや選手紹介は工夫してもいいのではないだろうか。


「よし、あたしが紹介文考えてあげる」


「はあ」


「星島望、絹山大学3年!」


立ち上がりながら、杏子さんは芝居がかった言い方をした。


「全中で優勝するものの、高校時代は環境に恵まれず、インハイに出場できずに終わる。しかし普通入学で絹山大学に入学すると、苦悩しながらも、名将稲森監督のもと、かつて天才スプリンターと騒がれた村上美樹にも師事し、徐々に開花」


キッチンまで歩いていって、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して戻ってくる。

珍しく自分で動いたなと感心していると、僕のひざの上に座る。

なんでそんなところに座るかは分からないけど、こちら向きで、エッチな体勢だ。


こんな体勢、あれですよ。

エッチなビデオみたいでちょっと興奮してしまいます。


「性格は素直で、努力家。私生活では、村上美樹に一度あっさりふられるものの、めげずにアタックして今では毎晩エッチしまくり。そして走り高跳びのアイドル、水沢咲希のファーストキスの相手で、初めてのエッチは……」


慌てて口を手でふさぐ。

ふさがれながら、杏子さんは笑ってじたばたしていたけど、ふいに目をぱちくりさせた。


「もがふーん?」


がぶりと僕の手をかんで引っ込めさせると、杏子さんはすすすと僕の首に触れた。

それから、胸をもにゅもにゅ触る。


「一回り太くなってない?」


立ち上がって、僕の身体を見て杏子さんは言った。


「ギリシャ彫刻みたい」


「そうかな…」


ポーズをつくると胸をぺたぺたと触られる。

杏子さんは真面目モードだったが、徐々に不純なものが芽生えてきたらしい。

ニヒヒヒと笑って、触り方に色が出てきたので、迎撃してぺしぺしと手をたたき落とした。


徐々にどちらも本気になってきて、カンフー映画のようにびしばしと攻防を続ける。

そして、なぜか二人ともあごが出てきてしまう。


「ホワチャーッ!」


「フョーッ!」


料理を運んできたミキちゃんが、僕たちを見て怪訝な表情を浮かべた。

いい年して、カンフーごっこもないと思う。


でも僕ら、こんなもんなんです…。

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