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対角線に薫る風  作者: KENZIE
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第100話 保証

その後、僕はあれこれ考えながらアップをした。


いや、考えているつもりだけど何も考えることができなかった。

辛うじてわかったことは、トラックの広さとあまりにも小さい自分の姿だけだった。


どうして、僕は陸上を続けてるんだろう。

そしてまた疑問はそこに戻ってくる。

だけどいつだって、答えは出なかった。

走ることは好きだし、風とスピードに埋没しているときは気持ちよかった。

でも、つらいことや大変なことのほうが多いのは事実だ。


うれしいことはいつもほんの一瞬で消えてしまう。

それはそう、まさに人生のように。


「何見てるの?」


全体練習をこなして、いつものように村上道場のメンバーで練習をしているときだった。

スタートから60mまでのポイント練習で、ミキちゃんが僕を見て片眉を持ち上げた。

さっきから、チラチラとミキちゃんのほうを見ていたからだ。


「いや。うん、いや、聞きたいんだけど」


「何よ」


「おれ、頑張ってるかな」


「何を?」


「何をって…、練習?」


「人に聞くようなことじゃないと思うけど」


屈折した感情は、過去の事件と無縁ではないかもしれない。


「分かってるけど、客観的に、ミキちゃんから見てどうかなって」


尋ねると、やはりじろりと睨まれる。


「何?あたしに何か保証してほしいわけ?」


「いや、なんか、おれってちっぽけだと思ってさ」


「そう。気付いたならいいじゃない」


「うん…」


中学1年で、途方もない記録を出して。

さあこれからだというときに選手生命を絶たれ、こうしてマネージャーをやっている。


もちろん、僕にはミキちゃんの気持ちは理解できない。

だけど、つらかっただろうし、悲しかっただろうし、何より悔しかっただろう。

昔のことなど思い出したくないはずだ。

なのにこうしてまだ陸上に関与しているのは、悔恨か、愛情か。

それとも、また別のものなのか。


「おれ、ミキちゃんのぶんまで頑張るから」


小さく、呟いたのが聞こえたらしい。

ミキちゃんはただじっと僕の顔を見て、それからふんと鼻を鳴らした。


「人のことはいいから、自分のために頑張ったら」


「あ、うん…」


ミキちゃんはじっと僕を見て、それから手にしたピストルを見た。

しばらく黙って、ちょっとだけ顔を上げて僕を見て、そしてまたかすかにうつむく。


「星島くんなら、大丈夫」


「ん?」


「私が保証するから」


「あ、うん。ありがとう」


やっぱり、ミキちゃんはいい子だと思った。

 

だけど、本人が恥ずかしそうにしているものだから、なんだかこっちまでむずがゆい。

ミキちゃんはそれきり何も言わないし、僕もそれ以上何も言えなかった。


僕たちは、黙りこくってどこか遠くを見ていた。

ただ、バックストレートの奥から吹いてくる風だけを感じていた。

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