第二話:「ダンジョンにトイレ……ないのかよ」
二日目、という表現は果たしてしっくりくるのだろうか
「武蔵」
「はい」
「状況は理解できてるわよね」
「僕なりに、はい」
そうだ、状況。今すべきことを考え、パターン化し、自分に言い聞かせて慣れていくしかない。兵役だって、そうだ。文句垂れてるだけじゃ、こっちは命賭けてるから当然、死に臨することになってしまう。
昨日何をしていた? 僕は確か、王に呼ばれて……椅子に座って……此処にいる。でも、あのコントローラーは無能だったはず。どこからも出力できないし。椅子があってもそれは同じ。だって、肌と直接触れ合うところなんてない。そしたら当然、神経接続は不可能となる。この世界が、もしゲームの世界なら……。
今はもしかして、そう考えるのが自然かもしれない。
詳しいことはわからないが、ダンジョンがあるということは少なからず僕らのいた世界ではありえない。かと言って、ここの空間を問われたら間違いなく”ダンジョン”と答えられるほど、見覚えのあるような景色だ。
「ここは、ゲームの世界ですかね」
「ええ……多分。しかし、ここまでリアリティーがあり、描写がスムーズで、動きやすいなんて」
「あのコントローラーですよね多分」
「まぁ、そうなんでしょう」
ゲームなら、クリアが必ず存在する。それは人生と違って、幾多のゲームオーバーを乗り越えてようやく、達成できる快挙。
それなのにこれは、ルールもゴールも、方向性も理由も、全てがわからない。このゲームは、狂っている。
「そそそ、そういえば、此処に来る寸前、何かシステムAIみたいな声しましたよね」
「ええそうね、中でも気になる発言が」
「「前勇者の死亡地点」」
つまり、此処に来たのは一人目……正しくは一組目ではなく、何組目かは不明だけど、数人目の勇者として迎えられたってことになる。
勇者……になれる。親父のようにか? そんなわけがない。ゲームの世界での勇者など、所詮その程度。シナリオの範疇を超えることなく、善を貫き、悪を裁く。
親父の武勇伝はもっと大胆で、スケールの大きい、神話のようなものだ。だけど、その正当な後継者として、この世界をうまいこと利用して名声を稼いでいくしかない。ゲームの世界だから見れているのかわからないけど、王は必ず、これを知っていて行っているのだから。
とりあえず方向性が自分の中で落ち着いたし、彼女は。
「のぞみさん、どうです?」
「え、ええ、私は決めました」
「ええと?」
「ここの勝者となり勇者として名を馳せる、とね」
「え……えええええええぇええええええ」
「なによ、おかしいかしら」
おかしい、この女も、僕と同じくらい勝利を望み、この世界を楽しもうとしている。
同じくらい……そんなわけない、完璧な彼女が、ことゲームにおいては初心者なんてことはない。しかも、これは身体能力がおそらく反映されてくる特殊なゲームだ。完全に彼女は僕の上をいく。
もしかすると、”組”なんて思っていたのは間違いで、最初から勇者は一人で攻略していったのかもしれない。彼女は多分、それを為し得ることは容易だ。ともなれば、僕はお荷物であり、念のため程度のボディーガードぐらいにしかならない。
「そうね、あなた、私と組まない? その方が効率がいいから」
「はい」
条件反射で聞かずに返事をしてしまった。
しかもそれは、僕の中でありえなかった”協力”の選択肢。
人として、僕は勝手に彼女を決めつけすぎたかもしれない。見た目の純粋さを忘れてはならない。清く正しく美しい在り方は、彼女の全てを物語ると言わんばかりに輝かしく見えるような気がする。
今思えば、オトナが少女を護ってやらないでどうするんだ。
「あら、案外物分かりいいのね。図体ばかりでかくて、口も弱くて使えない男かと思ったけれど」
「間違ってもいないような……」
「とにかく、今は此処にいてはだめだわ、安全に生活する場所を探しましょう」
ええと、やけに積極的な気がする。
瞳が輝いて、身体が動いて、それでいて華やかさを失わずにいる。
そんなにやる気なら、本職が魅せねばならない。僕の仕事が役に立つ日が来ようとは思いもしなかったけれど。
これは、親父のためでもある。--いや。本当は、言いたいだけなのかもしれない。”僕はあの英雄の子供”だと。
それでもいい。今はひたむきに前を向くしかない。
のだが、身体のとある部分が、あの症状を訴えかけてくる。男の人なら特にわかるはずの、身震い。女の人もそうなのかな。
「あ、あの。ご存知ですか」
「何かしら、出口が分かっているのなら早く言いなさい」
「いえ、そうではなく」
「足踏みして歯を食いしばって……まさか」
「トイレ……ご存知ですか」
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「そんなものあるわけねーだろ」
「漏らせ」
「のぞみとかいう奴可愛いわ」
「今更かよ」
「うっせーよ」
「これ、詰んだな」
「てか、本音が出るんだろあそこじゃ。てことはさ、したいの本体じゃん? 本体はさ」
「げ」
「フフハハッハハハハアハハハ。その通りだよ、オーディエンスの皆。彼はそう、公衆の面前でお漏らしをしようとしている。実に、実に素晴らしい。あれでこそ、新たな勇者となりえる器よ」
『リスト:勇者に「新條武蔵」を追加します』
「さて、彼女はどうするか……それより、トイレはダンジョンにないという説明すら彼らにはないのか。フハハ」
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「も、漏れるぅうううううううう」
「幼稚なオトナとは組まないわ、何よそれ、我慢もできないわけ」
「す、すいませぇぇえええええん」
ダンジョンに僕の泣き叫び声が、響いた。
次回、「死亡地点、至って異常なし」