叶わない恋の花言葉
ちょっとだけ悲しい恋と花言葉を題材にした短編作品になります。少しでもじんわりしていただけたら嬉しいです。
***
この店で働くようになって、私は幸せだった。
大好きな花に囲まれて、そして大好きな相手がそこにはいたから。
だけど。
「俺、好きなやつができたんだ」
ずっと好きだった君が、恋をした。
私じゃない、他の誰かに恋をした。
嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。
「こんな気持ち初めてだから……あの子に告白、しようと思うんだ」
見たことのない笑顔を浮かべて、君は私にそう言った。
だから私は、店先に飾られたアネモネをそっと手にとって。
「よかったね、きっとうまくいくよ。この花みたいに」
なんて、笑ってみせる。彼はそんな私に不思議そうな顔を浮かべてみせて、
「その花……アネモネだよね? 花言葉は……なんだったかな」
そう、訊いてくるから。私はまた少しだけ微笑んでみせて。
「幸せな恋、だよ」
大好きな君に、この花言葉を贈る。
悲しくても、君には幸せになって欲しいと、心からそう思えるから。
だから私はこの花を君に贈る。
「幸せな恋、か」
照れたみたいに笑う、その顔が見れただけで……それだけで十分だったから。
……でもね。
いつか、ずっとずっと遠い未来。
君が大好きになった相手と幸せになって、私のことなんか忘れてしまうほどずっとずっと先でもいいから。
――私は君に、気づいて欲しい。このちいさな私の嘘に気づいて欲しいと願うのだ。
それは、
「鈍感だね、君は」
「ん?」
「でもね、」
アネモネの花言葉は、『幸せな恋』じゃないんだよ、って。
本当の花言葉は、『はかない恋』。そして『恋のくるしみ』だということを。私は君に、気づいて欲しい。
叶うことのない、叶わなかった恋だったとしても。
そうだったとしても、それでも私は。
「……好きだったよ」
「え、なに?」
「なんでもないよ!」
苦しいくらいに、君のことが好きなこと。
伝えることはできないけれど、君に恋をしていることを。
ただ、それだけでもいいから。
他にはなにも、望まないから。
もしも、もしも君がアネモネの花言葉に気づいたなら。
その時は、ほんの少しだけで構わないから。
「なんだよ、気になるじゃん」
「いいの、気にしないで! 独り言だもん!」
「ふーん?」
「……ばか」
――君に恋した女の子がいたことを、そんな嘘でしかちゃんと想いを伝えられない女の子がいたことを。
ひまわりのように輝く君に恋したアネモネを、嘘の花言葉で飾られた私をどうか忘れずにいてあげてください。
そして。
白から赤に染まり、けれど青に変わることが出来なかった私の、この気持ちに。
赤いままでしかいれない私の恋する気持ちに。
さよなら、の花言葉を贈ろう。
本当に短い短編作品にも関わらず、お付き合いいただきありがとうございました。連載作品やこんな感じの短編を他にも書いておりますので、よかったらそちらもお読みいただければ泣いて喜びます。主に私が。