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2016年/短編まとめ

うちの女神様は、人間臭い

作者: 文崎 美生

女神の泉――私の村の外れ、森の奥にはそんな名前の付けられた泉がある。

透明度がやけに高くて、鏡みたいに自分が映り込む。


「女神様、ねぇ」


泉の縁に座り込み、水面を覗き込む。

いつからそんな名前が付いたのか、私が小さい頃からそう呼ばれていた泉。

何でも、泉の中には女神様がいて、私達を見守っていてくれてるんだとか。


「神様とか、偶像崇拝じゃない」と呟きながら、その辺にある小石を泉の中に投げ込む。

ぽちゃん、音を立てて水面に波紋が広がっていく。

水面に映る私の顔が歪むのを眺めて、小さく溜息を落とす。


「いえいえ、私は神様じゃないですから」


瞬きをして水面を見つめる。

映り込んでいるのは無表情の私ではなく、水の底で揺れる金色の髪。

ぱっちりと開かれた二重の瞳。


「女神様ですから」


「知ってますけど」


私の村の人間なら誰しも知っている、女神の泉。

だが、本当に女神様がいると思っている人はどれくらいいるのだろうか。

少なくとも私は、女神様がいるのを知っていて、それが本当に女神様と呼んでいいのか分からない。


全身びしょ濡れの自称女神様は、ニコニコと人のいい笑みを浮かべながら泉から這い出てくる。

女神様でも濡れるんですね、なんて言えば、女神様も濡れるんですよ、と返ってきた。

本当に女神様なのか怪しいと思われても仕方のない返しだ。


「じゃあ、貴女が落としたのは……」


「金でも銀でもないですし、そもそも斧なんて落としてません」


どこの童話だよ、と最後に添えて告げれば、女神様らしからぬ豪快な笑い声。

もっと声を抑えて、喉で笑うようなくすくすとか、そういう笑い方をするべきだと思う。

あははっ、なんて少女漫画の元気系ヒロインの笑い方をしている。


体を逸らして笑っているのにも関わらず、頭の上に乗った何かの葉っぱの冠は落ちない。

白いカーテンでも巻き付けたような服にもならない服を着て、びしょ濡れで何をしているんだろう、この女神の泉の女神様。


「でも、本当に見守るだけよ。確かに金の斧か銀の斧か聞くくらいは出来るけれど」


ぱちり、大きな青空みたいな瞳が私を映す。

そこにいる私は眉を寄せて、訝しげな顔をしている。


「善には善が返ってくるし、悪には悪が返ってくるだけでしょう?」


小首を傾げる女神様は、酷く人間臭い。

さらりとなびく金色の髪は、太陽に透けてキラキラと輝いている。

白い肌は見方を変えれば不健康。


その桃色の唇から吐き出される言葉も、なかなかに人間臭くて、女神様らしい威厳に欠ける。

親しみを持たせるためだとしたら、それは成功。

ただし女神様っぽい人になっているけれど。


「……色々と難しい顔しているけれど。普通に考えて、こんな風に暢気に何もないのに顔を出すなんてしないのよ?」


「はい?」


「女神様は、ちゃんと見守っているんだからね。偶像なんて言わないで」


崇拝しなくてもいいけど、と付け足された言葉は、やはり女神様らしくない。

崇拝されるためにあるんだろう、貴女方の存在は。

無表情で女神様を見つめれば、表情筋が活発に動いているんです、とでも言いたげな柔らかな笑顔。


立ち上がった女神様は、白い足を泉に入れる。

それじゃあまたね、なんて告げて細い手を振る女神様は、私の友達か何かなのだろうか。

静かに静かに水面に波紋を広げて、泉の中に沈んでいくその人は確かに女神様で、偶像ではないんだろうな、と思う。


隣を見れば、泉に投げ捨てた小石が女神様の座っていた場所に置いてあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二人(ん?一人と…)の掛け合いがコミカルで面白いですね。 ファンタジーでありなから、童話的だしコメディの要素もあり、一粒で二度、三度楽しめる感じのお得感。 文崎さん、執筆お疲れ様でした。
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