うちの女神様は、人間臭い
女神の泉――私の村の外れ、森の奥にはそんな名前の付けられた泉がある。
透明度がやけに高くて、鏡みたいに自分が映り込む。
「女神様、ねぇ」
泉の縁に座り込み、水面を覗き込む。
いつからそんな名前が付いたのか、私が小さい頃からそう呼ばれていた泉。
何でも、泉の中には女神様がいて、私達を見守っていてくれてるんだとか。
「神様とか、偶像崇拝じゃない」と呟きながら、その辺にある小石を泉の中に投げ込む。
ぽちゃん、音を立てて水面に波紋が広がっていく。
水面に映る私の顔が歪むのを眺めて、小さく溜息を落とす。
「いえいえ、私は神様じゃないですから」
瞬きをして水面を見つめる。
映り込んでいるのは無表情の私ではなく、水の底で揺れる金色の髪。
ぱっちりと開かれた二重の瞳。
「女神様ですから」
「知ってますけど」
私の村の人間なら誰しも知っている、女神の泉。
だが、本当に女神様がいると思っている人はどれくらいいるのだろうか。
少なくとも私は、女神様がいるのを知っていて、それが本当に女神様と呼んでいいのか分からない。
全身びしょ濡れの自称女神様は、ニコニコと人のいい笑みを浮かべながら泉から這い出てくる。
女神様でも濡れるんですね、なんて言えば、女神様も濡れるんですよ、と返ってきた。
本当に女神様なのか怪しいと思われても仕方のない返しだ。
「じゃあ、貴女が落としたのは……」
「金でも銀でもないですし、そもそも斧なんて落としてません」
どこの童話だよ、と最後に添えて告げれば、女神様らしからぬ豪快な笑い声。
もっと声を抑えて、喉で笑うようなくすくすとか、そういう笑い方をするべきだと思う。
あははっ、なんて少女漫画の元気系ヒロインの笑い方をしている。
体を逸らして笑っているのにも関わらず、頭の上に乗った何かの葉っぱの冠は落ちない。
白いカーテンでも巻き付けたような服にもならない服を着て、びしょ濡れで何をしているんだろう、この女神の泉の女神様。
「でも、本当に見守るだけよ。確かに金の斧か銀の斧か聞くくらいは出来るけれど」
ぱちり、大きな青空みたいな瞳が私を映す。
そこにいる私は眉を寄せて、訝しげな顔をしている。
「善には善が返ってくるし、悪には悪が返ってくるだけでしょう?」
小首を傾げる女神様は、酷く人間臭い。
さらりとなびく金色の髪は、太陽に透けてキラキラと輝いている。
白い肌は見方を変えれば不健康。
その桃色の唇から吐き出される言葉も、なかなかに人間臭くて、女神様らしい威厳に欠ける。
親しみを持たせるためだとしたら、それは成功。
ただし女神様っぽい人になっているけれど。
「……色々と難しい顔しているけれど。普通に考えて、こんな風に暢気に何もないのに顔を出すなんてしないのよ?」
「はい?」
「女神様は、ちゃんと見守っているんだからね。偶像なんて言わないで」
崇拝しなくてもいいけど、と付け足された言葉は、やはり女神様らしくない。
崇拝されるためにあるんだろう、貴女方の存在は。
無表情で女神様を見つめれば、表情筋が活発に動いているんです、とでも言いたげな柔らかな笑顔。
立ち上がった女神様は、白い足を泉に入れる。
それじゃあまたね、なんて告げて細い手を振る女神様は、私の友達か何かなのだろうか。
静かに静かに水面に波紋を広げて、泉の中に沈んでいくその人は確かに女神様で、偶像ではないんだろうな、と思う。
隣を見れば、泉に投げ捨てた小石が女神様の座っていた場所に置いてあった。




