病室にて。
──君は、いつになったら起きるの?
──私にはもう、君しかいないんだよ?
──君は、そんなに寝ぼすけさんじゃなかったと思うんだけどな。
とある病院の一室にて、点滴の管を腕に繋がれて眠る者がいた。
その部屋は4人部屋だが、ほかの入居者はいない。
少年の面影を残した青年はそこで、数か月、眠り続けていた。
大きな外傷はなく、心拍や血圧等もいたって正常であるのだが、目を覚まさない。
脳にも目立った異常は無い。
担当の医師の説明によると、目を覚まさないのは精神的な要因だろうとのことだった。
青年の眠るベッドの脇には、彼の痩せ細った手を両手で包んで椅子に座る女性の姿があった。
彼女は毎日ここへ通い、しばらく青年を無言で見つめてから何か短く言葉をかけ、帰っていくのが習慣であった。
ベッドに横になっている青年は、規則的な呼吸以外の反応を見せない。
それでも彼女は、弟でも息子でもない彼のもとへ、入院し始めた頃から通い続けている。
青年は、世渡りに不向きな弟の助けになってくれた。
だから今度は、私が助ける番だ。
本来の彼は、あの子が居なければ何もできないような、弟よりも世に執着のない子だった。
でも、彼がいたから弟は、世に執着を持ち、あれほどまで長く生きることができたのだ。
あの子が居なくなってからも、彼は弟を支えてくれた。
そうでなければ、弟はもっと早く──。
私にあの子の代わりはできない。
でも、少しでも恩返しがしたい。
彼に助けられていたあの子や、弟のためにも、何より私自身のために。
だから、機会をちょうだい。
私に、恩を返す機会を。
あなたを助ける機会を。
お願い。
目を覚まして。
君はいつも、寝ぼすけさんじゃなかったでしょう?
誰よりも早く起きて、じっとみんなを待っていたでしょう?
誰も来なくても、待ち続けていたでしょう?
今度は私が、ずっと待ってるから。
あなたが目を覚ますまで。
あなたが私よりも先にあの子たちのところへ行くなんて、許さないんだから。
私が先に行って、みんなと一緒に待ってるんだから。
ずっとあなたが来ないようにって。
でも、あなたが来てしまったときには、きっと前みたいに迎えるんだ。
早かったね。って。
だから、起きて。
まずは目を覚まして。
もう充分すぎるくらい、眠ったでしょう?
待ってるよ。
私たちは、ずっと、君が現在に帰ってくるのを。