ミラ
遅くなって申し訳ない。
奴隷館はランデール商会などの店が立ち並ぶ北の大通りに二つほど建っているらしい。
一つはランデール商会が経営している奴隷館、もう一つは全部の国に進出している大商会、ジャルマニオ商会が経営している奴隷館だ。この二つにはさほど質の良さなどに差は無いらしいがランデール商会の方が珍しい奴隷を入荷することがあるらしい。逆にジャルマニオ商会は当たり障りのない奴隷が多いらしい。安定した奴隷を求めるのであればジャルマニオ商会、掘り出し物を求めるのであればランデール商会に行けばいいとのことだ。
さて、まずは値段を見てからだよね。安定したのは値段も高いだろうけど、わけありなら少しは安い奴隷がいるかもしれないからまずはランデール商会かな。
ランデール商会の従業員に話を聞くと、奴隷館は店の裏手にあるとのことだったので店の中を通って裏手にでる。
そこには少しだけの広場があり、その真正面に煉瓦のようなもので作られた店があった。
「いらっしゃい、どのような奴隷をお探しで?」
中に入るとすぐ横にカウンターがあった。そこには白い顎鬚と口髭を生やした禿頭のお爺さんがいた。多分六十は過ぎてるんじゃないかな。
「ええっと、今日は奴隷の相場を見に来たんですよ」
「ほう、それならばジャルマニオの方に行けば一般的な奴隷の相場が分かったでしょうに」
「僕が探しているのはわけありの奴隷とかですから一般的な奴隷は探していないんですよ」
「ふむ、わけありとは具体的にはどのような?」
「うーん、例えば、奴隷自身がかなり強くて、自分より強くなければ買われたくない、と言う条件で腕試ししても誰も勝てなくて売れないとか、そう言う条件が厳しくてまったく売れない奴隷とかですかね」
「なるほど、もし買うとしたら性別は女の方がよろしいですかな?」
「ええ、まあ」
男なんかと二人でいたらホモと間違えられそうだ、其れだけは避けなければいけない。
「でしたらちょうどその条件の奴隷がいますが見てみますかな?」
「え、いいんですか?」
「もちろんですよ、さあ、どうぞこちらへ」
お爺さんが店の奥に進んでいく。
それを追って階段を上って二階、三階へと登る。
三階は豪華な造りになっていて、床にはふかふかの赤い布が敷いてあった。
うわぁ……なんだこれ、すっごいふかふかなんだけど。
これがレッドカーペットか……。
「さあ、こちらですよ」
床の感触を踏みしめていると、ドアの前で微笑ましい物をみたと言う顔をしたお爺さんが僕の方を向いていた。
恥ずかしい……。
中に入ると部屋の半分ほどに鉄でできた格子があり、その向こうには雪のような腰まである髪と肌を持ち、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる体つきをして、十人に聞けば八人が美女だと答え、残り二人が美少女だと言うほどに綺麗な顔をした狐の獣人がいた。髪の色は違うけれども一瞬、ツクモ母さんのことを思い出した。
「ミラ、お前を買ってくださると言う人だよ」
「いや、まだ買うって決めてないんですけど、お金もあまりないし」
「この子はね、今までずっと売れなかったものですからオーナーが値段を銀貨十枚にしたんですよ。見たところあなたは良い武具を着けているので、少なくともそのくらいはあるかと思ってお通ししたのです」
「……本来の値段は?」
「金貨三枚です」
「凄い差ですね……」
「売れないよりはマシですから」
確かにそう何だろうけどいいのかな、それで。
「この子がさっきの条件の?」
「ええ、この子は銀弧と言う獣人でしてね、人間の三倍ほどの身体能力を持ち、尚且つ獣人には珍しい魔力を扱える種族なのです。故に誰も勝てなくて売れ残ってしまったのですよ」
「三倍……」
「勝てる自信がありますかな?」
「もちろん」
「そうですかそうですか。では、まいりましょうか」
「へ?どこに?」
「外ですよ。室内では危険なのでね」
お爺さんと一緒に、鉄格子の鍵を開けて中からミラと呼ばれた少女を出し、階段を下りて外へと移動する。店の前の広場でミラと向かい合って立つ。
「武器と魔法は禁止です、もちろん殺すこともです。それ以外は特に制限はありません、よろしいですか?」
「待って」
凛とした声が響いた。
「この人、体に魔力を纏ってるわ。それって良いのかしら?」
「お客様、それは本当で?」
人化の魔法がばれた?でも、正体はばれてないから、ただ纏ってるとしか解らないんだろうな。
「うん、まあ、そうなんだけどね」
「でしたらそれを解いては貰えませんか?」
「それは出来ない。もしやるとしたらこの勝負が終わった後にあなたの記憶を操作させてもらうことになるけどいいかい?」
「記憶…ですか」
「そう、この魔法は僕の正体を偽る魔法だからね。僕の正体が世間に知られたら多分、この国の暗部が動くよ」
嘘なんだけどね。
「国が……つまりお客様はそれほどの人であると言う事ですか」
「うん、そういう事。で、どうする?さっきも言った通りこれは姿を偽るだけの魔法だから強さには関係ないんだけど」
「ミラ、お前の意見は?」
「それなら別にいいわよ、そのままで」
「それでは勝負を開始しましょう。勝敗はどちらかが戦闘不能、あるいは降参で決めると言う事で。では、……はじめ!」
合図と同時にミラが地面を蹴って僕との距離を一瞬で縮めてくる。うわ、地面が少し抉れてる。そのまま、体を捻るようにして右膝蹴りを顔面に打ち込んでくるのを左手で受け止める。受け止められたことに表情を強張らせたが、次の瞬間には左手でこめかみを殴りつけてくる。それを右手で止めて元の立ち位置まで押し飛ばす。
それじゃあ、次はこっちから行かせてもらうかな。
同じように地面を蹴って距離を詰める。膝蹴りなんて面倒くさいことはしない、軽く額を小突くだけ。それでも龍の力はかなりのもので、ミラは三回ほど後ろに転がって、ひっくり返った状態で止まった。
やりすぎたかな。
近寄って顔を覗き込むと、額がうっすらと赤くなっていた。
「大丈夫かい?立てる?」
「うん、大丈夫……」
立ち上がったミラの頬は額と同じくうっすらと赤く染まっていた。
え、なんで?
「勝負はついたようですな」
「私の負けです」
「では、契約をしましょうか」
いつの間にか持っていた宝石のついた首輪とナイフを差し出してきた。
「これは?」
「この首輪は奴隷が身に着けるもの、このナイフは契約の際に首輪についている魔石に血を流すために使用するかと思いまして」
「魔石?」
「冒険者なのに魔石をご存じないので?」
「ええ、何せ今日なったばかりですから」
「そうですかそうですか、では、ご説明させていただきましょう……」
お爺さんが言うには、魔石とは、魔力が結晶化したものらしい。そして、魔石には二種類あり、一つは鉱山などで取れる魔石、二つ目は魔物の体内で生成される魔石がある。鉱山は採掘すれば簡単に出てくるが、その分蓄えてある魔力量が少ない、魔物の方は倒して解体しない限り手に入らない分蓄えてある魔力量が多い。なぜかは解っていないらしい。主な使い道は、武器や防具の素材、魔法具の素材に使われる。この首輪も魔法具なのだそうだ。
「……と、こんな具合ですかね」
「へー、そうなんですか」
今までは魔物は丸飲みだったからそんなのがあったことも知らなかったや。魔物の体内にあるんだったら僕の体の中にもあるんだろうな、少し見てみたいけど心臓の代わりだったりしたら困るからやめておこう。
「説明が終わったところで、奴隷に対する制限はどうなされますか?」
「制限?」
「ええ、例えば、自殺禁止ですとか主人を傷つけることの禁止などですかね」
「うーん、じゃあ、その二つと、窃盗禁止、あと隠し事禁止でいいですか?」
「わかりました、では魔石に血を垂らしてください。あ、一滴でいいですよ」
ナイフを受け取って指先を切ろうとしたらナイフが刃毀れしてしまった。マジですか……。これには僕もお爺さんもミラも目を丸くしてしまった。
「すいません、ナイフダメにしてしまいました」
「い、いえ、それは別にいいのですが……」
どうやら僕の肌は並大抵の刃物では傷すらつかないようだ。
そこで、腰から小豆長光を抜いて指の皮膚を薄く切る。
軽く血がにじむ程度だったけどそれでも問題は無く契約は完了した。
「はい、これで契約は完了です、またのご来店をお待ちしています」
お爺さんに別れを告げてミラと二人、肩を並べて奴隷館を後にした。
人物紹介のほかに容姿の説明も書きます。