右斜め前の君
天気は今日も快晴。
青く澄み切った空に、白い入道雲がもくもく踊る。
夏休みに入る直前の教室の中は少し浮かれていて、
授業中にもかかわらず、ざわざわとどこか騒がしい。
小枝子もどこか気持ちが落ち着かず、窓の外をそっとみやる。
青々とした木々の葉から木漏れ日が眩しく光り、
時々そよぐ爽やかな風に、夏の匂いがまじっている。
手の届くところまで夏が来ていると思うと、小枝子の顔が自然にほころんだ。
季節は7月。
この前席替えをして、小枝子はこの席を引き当てた。
窓側の一番後ろのこの席は、特等席。
前の席から移動したとき、自分のあまりの幸運さに体が震えた。
宝くじがあたるより、大好きなアーティストのライブチケットがあたるより、
どんなことより一番嬉しかった。
それは、斜め前にアイツの席があったから。
窓の外の景色からそっと視線を移すと、
気持ちよさそうに机にうつ伏せて寝ているアイツの姿が目に入った。
風がそよそよと吹きつけ、前髪がひらひらと踊る。
こんな瞬間だって格好良いから、小枝子はずるいって思ってしまう。
男のくせに長い睫はいつだってうらやましいし、
すぅっと通った鼻筋も、涼しげな目元も
人を惹きつけてやまない。
そんなやつだから、
隣だと緊張してしまうし、前だと後ろを振り返らないと見れないけれど、
斜め後ろのこの席ならば、好きなだけ見ていることができる。
おかげでいろいろなことが分かった。
左利きなこと。
よく頭の右後ろにぴょんと寝癖をつけていること。
考えているときは、鉛筆を回すこと。
古典は苦手なこと。
コーヒー牛乳が好きなこと。
消しゴムを最近良く忘れること。
毎日いろんな発見があって、どんどん好きになっていく。
「小枝子、また見てる。」
「え! 山本なんて私みてないよっ!」
「山本だなんて、一言も言ってないけど。」
親友の知里に冷めた目線に対し、自ら墓穴を掘ったことに気づき、恥ずかしさで居たたまれなくなって
小枝子はうつむく。
そんな彼女に遠慮なく知里は盛大にため息をつきながら、お弁当を頬張る。
「どこがいいのよ、あんな軟派なやつ。」
女は全員自分に惚れるとでも思ってるんじゃないの。あったまくる、そう言うと
本当に苛々しているのか、まるであたるように卵焼きにお箸をぶっさして、口にほおりこむ。
知里は知らないんだよ。
小枝子は心の中でつぶやく。
確かに山本は格好良いから女の子にもてるけれど、本当に素敵な奴なんだよ。
隣の女の子が教科書を忘れたことに気づいたら、そっと貸してあげるんだよ。
授業中に飛んできたてんとう虫、そっと鉛筆で救い上げて、外に帰してあげるんだよ。
ぶっきらぼうな山本だけど、本当に好きな子にはまっすぐに自分の気持ちをぶつけていく、すごい奴なんだよ。
黙りこくった小枝子を見かねたのか、お昼休み終了のチャイムが鳴る頃、
空になったお弁当箱を片付けながら、知里が言った。
「小枝子。ひとつだけ良いことを教えてあげよう。
ひとつ。山本は新しい恋をはじめようとしてる。
ふたつ。横でも後ろの子でもなく、わざわざ山本が斜め左後ろの席の子に消しゴムを借りるのはなぜか? それが答え」
ヒントはなし、そういいながら自分の席に戻る知里を小枝子は呆然と見送った。
そして答えに思い当たり、かあーっと顔に血がのぼった。
次の時間は、古典の時間。
山本じゃないけれど、今日の授業が全く小枝子の頭に入らなかったのは、言うまでもなし。
久しぶりに書きました。高校時代にこんな恋、してみたかったな(笑)




