【SS】親友以上
時計はちょうど六時を指していた。この季節、昼から日の入りまではあっと言う間で、六時ともなればすでに外は暗くなっている。
私はばたばたと外へ出かける準備をしていた。鏡をのぞきこんでメイク(簡単に)する私を母がうろんげに眺めている。
「今から行くの?」
「うん。今帰ってきたところだってさ」
「まあ、そうなの」
「帰ってくるならもっと早くに言ってくれればいいのに。そう思わない?」
私は仕上げに口紅を塗り終え、鏡に向かってまばたきしながら、鏡ごしに映る母に言った。
「急に決まったんでしょ」
「さあ、知らない」
母との会話はそのへんで切り上げたかった。早く準備をしなければと私は焦っているのだ。
後ろで母が晩ご飯はどうするの? とぶつぶつ言っていたが私は聞かないふりをした。と言うか、この急用が入らなくてもどのみち夜に彼氏と会う約束があったのだ。彼氏との約束はもちろんキャンセルにするのだが。
親友のマコトが帰ってきたのだ。
マコトは県外に住んでいて、盆正月以外は帰ってこない。
しかし今日は特別だった。何にもない週末だったが、帰ってくると唐突にメールがきたのだ。そう唐突だった。マコトはいつもそうだ。
マコトは県外の大学に進学し、就職し、そのまま地元には帰ってこなかった。一方の私は一人っ子だということもあって県外に出る勇気がなかった。
今なら絶対県外に行くのに。
そんなことを考えながら私は服を着替え、髪をとかし立ち見鏡の前に立った。いつもの外出の時のように気合いが入っているわけでもなく、だからといってラフな室内着でもない服装。よし。これで完璧。
バックにケータイだけをつめこんで、更に家にあったお菓子を袋につめこみ肩にひっかけると私は行ってきますと玄関に投げ放つかのように言って家を出た。
マコトがビルの下まで車で迎えにきてくれている。その約束だ。下まで降りて、私はすぐに道端に止まっているグレイのミニ、マコトの車を見つけると足早にかけよった。
「よっ」
私は手をあげ軽く会釈した。中からマコトもよっと返事を返す。
マコトが何か言うより早く、私は当たり前と言った様子でマコトの車に乗り込んだ。車はゆっくりと発進してマコトの実家へ向かう。私は窓の外の景色を眺めながらマコトと当たり障りのないニュースの話などした。マコトと話すのは楽しい。何故か胸がわくわくする。
車は信号機で一旦停止する。
「そういえば何で?」
その停止のタイミングを見計らったわけではないが、私はふと思ってマコトに尋ねた。
「何が?」
「今回の帰省」
ああ。とマコトはうなずいた。
「兄さんの結婚式だよ。言ってなかったっけ」
私は一瞬呆気にとられて黙りこんでしまった。
「……聞いてないよ。そんなら今回の帰省、急にってわけじゃないんだ」
「んー」
「ほんっと、もっと早くに言ってくれればいいのに」
もっと早く言ってくれれば焦らずに済んだし、色々準備も万端にできた。予定をキャンセルすることもなかったのに。助手席でむくれながら私はマコトにそう言った。
「ごめんごめん」
「もう…」
そう言いながら私はマコトを許していた。
窓を開けると美しい夜景の光と涼しい風が入ってきた。風は私を軽くないで後ろへと流れていった。私は昔、マコトの兄と結婚したいと言ったのを思い出していた。マコトの兄と結婚する。そうすればマコトと姉妹になれるからである。マコトの兄が結婚したということはそれは叶わぬ夢になったということだ。
「失恋…しちゃったなぁ」
私は小さくつぶやいた。
「何て?」
「何でもないっ。早く行こう」
私はレッツゴーと親指をたて青になった信号機を示した。
これから私達の、長くて楽しい夜が始まる。