リターン・メモリー
家に入ると真っ先に扉を閉めた。雨戸もカーテンも。ある意味僕だけの小さな世界。なんでこうなったのかわからない。勉強にも手がつかなかった。実は、言うのは嫌だから言わなかったが他にも嫌なことがあった。思い出すと、ほおの後ろがすこし冷たくなり、顔を隠したくなる出来事が。生まれつき足が不自由だと知らず、全校生徒の前で
「どうして、足が悪くなったんですか?」
なんて言った事。もう忘れたかったから、あえて言わなかったが。僕が変わって3日目のことであった。テストで自分じゃないのに返事をしてしまった事。ああ、人と会う、喋るすべての行動に恐怖を感じてしまった。
――――「それを、君が望んだんだよ。」
この声。僕の記憶が溢れるように思い出した。暗い僕。それを解き放った一言。
「消してあげようか。」
愚かだ。消したって、人はまた繰り返す。動物だって、群れで移動する生き物は仲間の犠牲が経験となり、危険回避をする。つまり、経験を感情をとおして見るといくつかのカテゴリに分かれる。もちろん動物にだってあるかも知れない。そのカテゴリに嫌な記憶(自分の失敗によりできた)、恥ずかしい記憶などが集まったフォルダもある。このフォルダを’黒歴史’と名付ける人もいる。それは、嫌な情報であるが決してゴミではない。それは、経験という大きなフォルダの一部なのだから。それに、カレが気づかせてくれた。もしかして、カレは……もう1人の……。
――――「気づいたようだね。」
「じゃあ、やっぱり君は……。」
――――「そう、当たっているよ。」
「じゃ……。」
――――「ごめんね。話せる時間が少ないんだ。僕が話せる時間は君が自分自身を見つめる時間。」
――――「それも、後ろ向きな気持ちの時しか姿を現せないんだ。」
「……。」
――――「大丈夫。いつも君の近くにいるんだから。」
カレのチェーンは切れて落ちた。フードがめくれて顔があらわになった。僕が1番嫌いだった顔をしていた。
「ありがとう。」
そう言って、笑った。
「N、N君。」
女性の声、聞こえるが返事ができない。
「目、開けてよ。」
体にひどい痛みを感じた。目の前は……。包帯に巻かれた足が毛布から出ていた。
「N!」
Hさんか。
「Hさん……。なんで泣いているの。」
「だって、だって……。」
その一言が、さらに泣かしてしまった。看護婦の話によると歩道橋の上から飛び降りたらしい。記憶には全くないが……。じゃあ、あの出来事は……。
空いた窓から、柔らかな風が僕を包んだ。窓からは、温かく見つめられる気がした。しかし、誰もいない。ゴミ箱には、何枚かの日めくりカレンダーのちぎった紙が捨てられていた。
君達の中には、いろんなことに悩んでいる人がいるだろう。しかし、失っていい物といけない物、それはしっかり見分けなければいけない。そんな人には、気づいていないかもしれないが、近くにある窓やガラスには映っているかもしれない、カレがね。