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番外編 愛し君へ

作者: WAIai
掲載日:2026/09/22

「ーご馳走様でした」

中宮彰子は手を合わせると、懐紙で口を拭く。

この時代、食事は一日二食で、お粥と漬け物、それに干物があれば豪華だった。

「今日も美味しかったですわ」

膳を下げに来た女房に言うと、深く頭を下げてくる。

彰子は御簾の外に注目する。

すでに真っ暗で虫の鳴き声が、琴の音のように聞こえてくる。

その音を楽しみつつ、彰子は頬が緩むのが止まらない。

ー紫式部が持って来た物語、面白かったですわ。

源氏物語を手渡してもらい、珠と呼ばれたおつきの者と去った後、彰子はたまらず読んでしまったのだった。

物語を思い出し、ほうと息を吐く。

夕餉を済ました後といこともあり、身体がかあっと熱くなる。

扇子で熱を吐き出そうとくつろいでいると、急に声をかけられた。

「ー彰子、会いに来たよ」

この声は、と思い、彰子は立ち上がろうとすると、男性が御簾を上げ、入って来るほうが早かった。

すぐさま扇で顔を隠すと、男性は軽く首を傾げる。

「彰子、私だよ」

「わ、分かっておりますわ。…帝」

鏡で顔を整えてから会いたかったと思いつつ、彰子は一条天皇の居場所を確保する。

一条天皇はにこりと笑ったまま、彰子の側に来て、座るのではなく、抱きしめてくる。

「ああ、彰子だ。良い香りがする」

「み、帝…!! 皆、まだおりますのに」

「嫌かい? それなら下げさせよう。ー二人きりにせよ」

その言葉は柔らかいが強さがあり、従者や女房達が礼をして去っていく。

一条天皇は彰子から扇を取り上げると、ますます強く抱いてくる。

「み、帝…!! その、あの、強すぎるといいますか…」

「いいじゃないか。夫婦なんだし。彰子は恥ずかしがり屋だな」

髪をすくわれ、口づけられると、彰子はくらりとする。

ーそ、その、帝が何をなさってくるのか、予想がつかないですわ。

可愛いがられているのは分かるが、男女の駆け引きなど教わることがないので、どう接していいのか分からなかった。

とりあえず一条天皇の胸に手を当て、じっとしていると、一条天皇が聞いてくる。

「今日は何をしていたんだい?」

「今日…。そ、そうですわ!!」

彰子は急に元気になると、一条天皇の顔を見上げる。

優しく、慈しんでくれる存在。

瞳の中にいるのは彰子のみで、独占欲がわいてくる。

この輝かしい御方の側にいられるだけで、彰子は幸せだった。

一条天皇が頬に手を当ててきたので、彰子はされるままにしているが、大事な用件があると口を開く。

「あ、あの…!! 帝、今日は」

「今日は? 誰か来た?」

「は、はい。紫式部が参じまして。それでそのー」

「紫式部が? それは期待してもいいのかな?」

「もちろんですとも。少々、お待ちくださいませ」

彰子は離れようとしたのだが、一条天皇は放そうとしない。

「帝…? どうなされたんですの?」

「彰子に触れていたいんだ、今は。ああ、落ち着く」

「そ、そんな…。私で落ち着くなんて、ありがたい

御言葉ですわ」

彰子は顔を真っ赤にさせると、直衣を軽く掴む。

それから頬を触れるように、手を動かす。

一条天皇はくすくすと笑い、彰子の髪を耳にかけてくれる。

「で? 紫式部が来てどうしたって?」

「その、物語ー源氏物語を置いていきまして…。私はもう読んだのですが、帝は…どうしますか?」

「そうだな」

一条天皇は彰子との会話を楽しんでいるようで、彰子の髪を指に絡める。

彰子も嫌がらずに黙ったまま、二人の姿は重なったままとなる。

「…閨の中で、彰子の口から聞こうとしようか?」

「ね…!! あ、あの帝」

彰子の全身が沈んだ太陽を思わすほど、熱くなる。

閨といえば、男女の中でも深いものである。

ーど、どうしましょう…!! 物語は覚えているけれど、その、私が口頭で伝えることなんてできるのかしら…?

いつも閨の中で男女の事が終わると、眠るか、一条天皇が睦言を口にしてくれるのだった。彰子は一条天皇に翻弄されているのだった。

「あ、あの…!! 物語は覚えておりますが、その、正確なことは巻物を読んでいただければ」

「後でね。ーおい、閨の準備をして」

一条天皇が命じると、女房が素早く動き出す。

あれよ、あれよという間に準備が整い、後は二人が身軽になって寝るだけだった。

「ー彰子。私の心を占めるのは、君だけだ。ああ、彰子」

「帝…。ありがとうございます」

戯れるように、衣を剥がされ、ほうと彰子は息を吐く。

彰子も一条天皇の直衣に手を伸ばし、肩まで動かせる。

身長は当然、一条天皇のほうが高く、少し背伸びするような感じとなる。

すると額に口づけられ、彰子は何度受けても慣れず、少女のように顔を隠そうとする。

「駄目だよ、顔を隠しては。ちゃんと見せて」

「で、でも…。その失礼なお顔だったら困りますし」

「失礼なお顔? ふふ。彰子は面白いことを言う」

上機嫌な一条天皇に、彰子は安堵しつつ、緊張は続く。

「さて、閨に入ろうか。…しかし、それでは風流ではないな。少し外に出てみるかい?」

「あ…は、はい。そのほうがいいですわ」

自分でも何を言っているのか分からず、混乱状態だった。

そんな彰子の様子が可愛いらしく、一条天皇は上機嫌に笑っている。

「もう意地悪ですわ!!」

「それは私の特権なんだよ。ーさあ、行こう」

一条天皇は彰子を解放すると、白くて張りのある手を取ってくる。

急に身体が軽くなり、彰子は淋しさを感じたが、一条天皇のいたずらは続き、手の甲に口づけてくる。

ーきゃ!! 柔らかくて優しい感触!!

目眩がしそうで、彰子は一条天皇に伝える。

「帝、あまり私で遊ばないでくださいませ」

「ほう? 私としては、十分、愛でているつもりだよ。…ほら。月だって私達を眺めているよ」

「月…?」

一条天皇に手を引かれ、回廊に出ると、満月に近かった。

まるで彰子と一条天皇の密やかな出来事を、応援するように銀の光が降り注いでいる。

思わず彰子が「わあ」と声を上げると、一条天皇はほほと笑い、月を指差す。

「月は彰子だね。恥ずかしければ、暗い雲に隠れるし、上機嫌になれば、心を開いて近づいてくれる」

「私が月…。も、もったいない御言葉ですわ」

肩で顔を隠そうとするのだが、一条天皇はあくまでも意地悪に構ってくる。

「ほら、ちゃんと顔を見せて。私の可愛い紫の上」

「む、紫の上…!!」

源氏物語にかけて言われると、彰子は弱かった。

一条天皇が彰子のことを褒めて可愛いがっているのだと解釈し、彰子も失礼ながら言葉を返す。

「私にとって光源氏は…み、帝ですわ!! 眩しくて賢くて、立派で…。あの、私の側にずっといてくださいませ」

「ふふ、ありがとう。私が光源氏か」

一条天皇は月から彰子へ目を移すと、額に口づけてくる。

彰子は素直に受け取ると、一条天皇の直衣の裾を引っ張る。

「虫の音色も穏やかで、まるで帝のことを褒めているようですわ。月もそうですし、その、皆、帝がいれば安心だと伝えてくれているようですわ」

「そう? それは嬉しいな」

握る手に力が加わり、彰子はどきどきしていた。

風が吹き、熱気をおさめてくれるどころか、一気に一条天皇が気持ちをぶつけてくる。

「ああ、彰子。もう我慢の限界だ。閨へ行こう」

「は、はい…。帝のお好きなように」

そう言って、少し考えてから彰子は、一条天皇の顎の下に口づける。

愛情を伝えようとしたのだが、一条天皇は目を細めると、狩人の顔つきとなる。

「さて、どうなることやら。ほほ」

「帝? きゃ!!」

急に手を引かれ、また抱きしめられる。

判断を間違ったかと思ったのだが、そうでもないらしい。

「私の可愛い人。さあ、私を受け入れて」

「よ、喜んで」

二人は唇を合わせると、一条天皇に肩を抱かれながら、閨の中に入っていったのだった。




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