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スマホ

作者: 朝日エール
掲載日:2026/08/19

 登録されていない番号からだった。



 仕事を終えた、夜。23時を過ぎていた。

 私はソファで本を読もうと、腰を落とす。


 そのとき、机の上のスマホが震えた。


 11桁の見慣れない数字の羅列へ視線を落としたまま、動けない。


 よくあるセールス、勧誘、迷惑電話。

 未登録の番号からの着信は、たまにある。


 でも、スマホが振動すると同時に流れたのは。


 電子音っぽい、機械的な単音のメロディ。


(……何、これ)


 地震速報の、あのけたたましくて驚いて心臓が跳ねるような音じゃなくて。

 背筋を嫌な空気が撫でていくような気味の悪さ。昔の可愛らしい流行曲の旋律が、耳に残る。


 そんな着信曲は、持っていない。のに。


 胸から胃へ、ざわりと黒いものが流れる。


 動けずにいると、17回振動したところで、着信は途切れた。

 急にスマホが気持ち悪いものに思えて、直ぐには手に取れない。


 1人暮らしの狭い部屋に、カチッカチッと規則正しい音が大きめに響いていた。

 電池がなくなってきて上へ進めなくなった秒針が、妙に気になる。

 今まで一度だって気にしたことのなかったその音が、居心地悪く耳に纏わりつく。


(……電池、替えないと)


 口に溜まっていた唾液を思い出したように飲み込むと、汗の滲む手でスマホを取った。


(何……今の)


 私は机に置かれているメモ用紙に念のため、11桁の番号を書き留める。

 そして震える指で誤動作しないよう慎重に、先ほどの着信履歴を消去した。




 次にその番号から着信があったのは、13日後だった。


 あの単音の、電子音。


(なんで……また)


 電池を替えたあの時計を横目で確認する。

 夜の23時過ぎ。


 今回も、スマホが17回振動した後に、着信は途切れた。

 曲が、全く同じところで途切れたことが、一層気持ち悪さを助長する。

 念のため番号を確認しようと、メモを取った紙を探しに立ち上がった時。


 一度だけ、スマホが震えた。


 胸を圧迫されたみたいに、途端に苦しくなる呼吸。

 視界が揺れる。

 足が動かない。代わりに、全身が小さく震えた。


(……いや、誰かからの、LINEとか)


 ゆっくりと視線だけを、何とかスマホへ落として。


 ぞわりとした悪寒が全身を走った。

 ショートメッセージのアイコンが目に入ったから。



『今いい?』



 短くそう書かれた、メッセージ。


 知り合い? いや。

 心当たりは、ない。


(……誰?)


 迷わずその電話番号を着信拒否設定にした。




 3日後。

 またあの電子音のメロディが、流れた。


(何で!? 拒否設定したのに)


 17回の振動の後に、また送られてくるショートメッセージ。


『いつ、こっちに来るの?』


 番号をメモしたあの紙を、破り捨てた。




 3日後の23時過ぎ。

 震える手からスマホが滑り落ちる。


(やめてやめてよ)


『迎えに行くね』




 機種変をして、電話番号も変えた。


 友達への連絡とか、色んな登録情報を全部変更する手間がわずかに頭をよぎる。

 その瞬間、脳内で再生される、あの電子音。


(変えないと)


 スマホは店舗で下取りしてもらった。


 あの時計も替えた。

 部屋では秒針のないデジタル時計が、静かに時刻を表示していた。



 3日後。


 着信はなかった。


 ずっと胸にざわりとあったものが、ふっと軽くなる。

 ようやく呼吸の仕方を思い出したように、大きく息を吸って、吐いた。


(……終わった)


 そう、安堵した。




 その1か月後。



 あの、着信音だった。



(いやだいやだいやだやめて)


 ぼんやり光るデジタル時計が 23:05 を示していた。


 必死に耳を覆う。


 しかし。

 数回振動して、スマホはぴたっと静かになった。

 痛いほど強張った身体から、わずかに力が抜ける。

 

 少しだけ待ってみた。

 メッセージが送られてくる気配はない。


 ほっと胸を撫で下ろす。

 スマホを手にしようとディスプレイを見た、次の瞬間。


 声にならない悲鳴が口から漏れた。



 [ 通話中 ]



 の文字。


 ディスプレイ上で、1秒ごとに増えていく秒数。

 慌てて口を覆う。

 悲鳴、拾われていないだろうか。

 突如、大きく震えだす身体。


(なんでなんでなんで)


 出るわけない。

 触ってすらいないのに、なんで勝手に——


 そこでふと気づく。

 机の端の、いつものメモ用紙。


 ——番号なんて、書いてあったっけ?



 その時。

 スピーカーの奥の空気が揺れた、気がした。

 微かに聞こえる、カチッカチッと規則正しい音。



 続くのは、淡々とした、電子音のような声。



『 着いたよ 』

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