スマホ
登録されていない番号からだった。
仕事を終えた、夜。23時を過ぎていた。
私はソファで本を読もうと、腰を落とす。
そのとき、机の上のスマホが震えた。
11桁の見慣れない数字の羅列へ視線を落としたまま、動けない。
よくあるセールス、勧誘、迷惑電話。
未登録の番号からの着信は、たまにある。
でも、スマホが振動すると同時に流れたのは。
電子音っぽい、機械的な単音のメロディ。
(……何、これ)
地震速報の、あのけたたましくて驚いて心臓が跳ねるような音じゃなくて。
背筋を嫌な空気が撫でていくような気味の悪さ。昔の可愛らしい流行曲の旋律が、耳に残る。
そんな着信曲は、持っていない。のに。
胸から胃へ、ざわりと黒いものが流れる。
動けずにいると、17回振動したところで、着信は途切れた。
急にスマホが気持ち悪いものに思えて、直ぐには手に取れない。
1人暮らしの狭い部屋に、カチッカチッと規則正しい音が大きめに響いていた。
電池がなくなってきて上へ進めなくなった秒針が、妙に気になる。
今まで一度だって気にしたことのなかったその音が、居心地悪く耳に纏わりつく。
(……電池、替えないと)
口に溜まっていた唾液を思い出したように飲み込むと、汗の滲む手でスマホを取った。
(何……今の)
私は机に置かれているメモ用紙に念のため、11桁の番号を書き留める。
そして震える指で誤動作しないよう慎重に、先ほどの着信履歴を消去した。
次にその番号から着信があったのは、13日後だった。
あの単音の、電子音。
(なんで……また)
電池を替えたあの時計を横目で確認する。
夜の23時過ぎ。
今回も、スマホが17回振動した後に、着信は途切れた。
曲が、全く同じところで途切れたことが、一層気持ち悪さを助長する。
念のため番号を確認しようと、メモを取った紙を探しに立ち上がった時。
一度だけ、スマホが震えた。
胸を圧迫されたみたいに、途端に苦しくなる呼吸。
視界が揺れる。
足が動かない。代わりに、全身が小さく震えた。
(……いや、誰かからの、LINEとか)
ゆっくりと視線だけを、何とかスマホへ落として。
ぞわりとした悪寒が全身を走った。
ショートメッセージのアイコンが目に入ったから。
『今いい?』
短くそう書かれた、メッセージ。
知り合い? いや。
心当たりは、ない。
(……誰?)
迷わずその電話番号を着信拒否設定にした。
3日後。
またあの電子音のメロディが、流れた。
(何で!? 拒否設定したのに)
17回の振動の後に、また送られてくるショートメッセージ。
『いつ、こっちに来るの?』
番号をメモしたあの紙を、破り捨てた。
3日後の23時過ぎ。
震える手からスマホが滑り落ちる。
(やめてやめてよ)
『迎えに行くね』
機種変をして、電話番号も変えた。
友達への連絡とか、色んな登録情報を全部変更する手間がわずかに頭をよぎる。
その瞬間、脳内で再生される、あの電子音。
(変えないと)
スマホは店舗で下取りしてもらった。
あの時計も替えた。
部屋では秒針のないデジタル時計が、静かに時刻を表示していた。
3日後。
着信はなかった。
ずっと胸にざわりとあったものが、ふっと軽くなる。
ようやく呼吸の仕方を思い出したように、大きく息を吸って、吐いた。
(……終わった)
そう、安堵した。
その1か月後。
あの、着信音だった。
(いやだいやだいやだやめて)
ぼんやり光るデジタル時計が 23:05 を示していた。
必死に耳を覆う。
しかし。
数回振動して、スマホはぴたっと静かになった。
痛いほど強張った身体から、わずかに力が抜ける。
少しだけ待ってみた。
メッセージが送られてくる気配はない。
ほっと胸を撫で下ろす。
スマホを手にしようとディスプレイを見た、次の瞬間。
声にならない悲鳴が口から漏れた。
[ 通話中 ]
の文字。
ディスプレイ上で、1秒ごとに増えていく秒数。
慌てて口を覆う。
悲鳴、拾われていないだろうか。
突如、大きく震えだす身体。
(なんでなんでなんで)
出るわけない。
触ってすらいないのに、なんで勝手に——
そこでふと気づく。
机の端の、いつものメモ用紙。
——番号なんて、書いてあったっけ?
その時。
スピーカーの奥の空気が揺れた、気がした。
微かに聞こえる、カチッカチッと規則正しい音。
続くのは、淡々とした、電子音のような声。
『 着いたよ 』




