貧乏男爵令嬢ですが、婚約が決まる前に侯爵様に初めてを捧げに行きました【2000文字】
「私の初めてを、貰ってくださいませんか…!?」
私の一世一代の大勝負の始まりだった。
我が家とは雲泥の差の立派なお屋敷を目の前に、私は息を呑んだ。
…門前払いされるかしら。
先触れもなしに来るなんて非常識だものね。
でも、今日やらなければ、間違いなく私は後悔する…!
覚悟を決めて訪ねると、どういうわけか、家名を名乗るとすんなり応接間に通された。
もっと警戒されてもおかしくないのに、どういうことかしら。
やっぱり、噂通り通いの女性がたくさんいらっしゃるとか…?
自分で考えておきながら、胸がチクッとした。
そのあとすぐに「主人をお連れしました」という声がして、豪勢な扉が開いた。
そこには眩いほど端正な侯爵様がいて、私は惚けてしまいそうだった。
「リリィ・ブラウン男爵令嬢だね」
「私のこと、ご存知なのですか?」
「君のとこは夜会で見かけたことがある。リリィ嬢だと認識していたが、違ったかな?」
「いえ、侯爵様に知って頂けているとは…」
「可愛いお嬢さんのことは、忘れたりしないよ」
か、かわいい…お世辞でもうれしい…っ。
「さて、私に何のご用だろうか」
真っ直ぐに私を見据えていて、今すぐにでもゆでダコになりそうだ。
はあ、こんなに近くで見ていていいのかしら…、クラクラするわ…。
「ブラウン嬢?」
「はっ、はい!あのですね、何の面識もなしに訪ねた挙句、荒唐無稽だと重々承知しているのですがっ…、侯爵様に不躾なお願いがあるんです!」
とにかく失礼がないようにと、いやもう失礼ではあるんだけど、必死に言葉を並べた。
一気に言い切った私を見て、侯爵様はパチパチと瞬きをされた。
え、まつ毛が優雅に動いてる、美しい…。
「はははっ、相当なお願い事らしい。聞こうじゃないか」
声を上げて笑うところは初めて見たわ…。
「それで、どんなお願いなんだい?」
「あ、はい。えっと、そのですね」
私は言葉を詰まらせて、膝の上の拳をギュッと握った。
いくのよ、リリィ!
これを逃したら、貴女にはもうあとがないんだから…!
「あのっ、私の初めてを、貰ってくださいませんか…!?責任は取って頂かなくて構いませんので!」
…言えたわ、リリィ!
自分を褒め称えたい気持ちで侯爵様を見たが、さっきよりも瞬きをされていた。
天使が瞬きする瞬間を人間が見たら、こんな気持ちかしら。
「え…っと。聞き間違いじゃなければ、とてもすごいことを言われた気がするのだが…」
「はい」
「…理由を聞かせてもらってもいいかな?」
さすがは侯爵様、顔色を一つ変えずに優しく私に言った。
「お恥ずかしい話ですが、我が家は貧乏です。ですので、援助してくださるという商会の方と、…私の婚約が明日にでも決まりそうなのです」
「それは、おめでとうと言うべきかな」
「ええ。家のためになりますので喜ばしいことです。私も端くれとはいえ貴族の娘。家のために嫁ぐことは至極当然だと思っています」
私が真剣に話すからか、侯爵様は私の話をただ聞いてくれた。
本当にお優しい方だわ…。
以前夜会で何かの仲裁に入っていらっしゃった時も、そう。
ただ静かに話を聞いて、適切に対応されていた。
あれでコロッと好きになっちゃったのだから、私も馬鹿ね…。
それでもこのまま嫁ぐ前に、私一縷の望みに賭けたいの!
「それでも、私も夢ぐらい見たかったんです」
「どんな夢だい?」
「ささやかな、乙女のよくある夢です…。嘘でもいいから、好きな人と結ばれてみたかったんです」
私は、侯爵様を見つめた。
「私は侯爵様をお慕いしておりました。明日、婚約が決まったら私は人のものです。結婚したら平民になるので、貴族の娘として守らなければいけないことも結局は関係なくなります。ですので…」
言いたいことは、伝わっているかしら…。
めちゃくちゃ言ってるものね。
侯爵様が一夜限りなら遊んでくれるという噂は聞いたことがあった。
もしかしたら、私にもチャンスが…!
そう思うと、やっぱり一度見た夢が捨てられなかった。
侯爵様は、瞳をこちらに向けたままだった。
「…わかった。君の望みを引き受けよう」
「…え」
「その代わり、責任も取ることにしよう」
侯爵様は美しい笑みを浮かべてこちらに来ると、私をひょいと持ち上げた。
「あ、あの!?」
「君のことは前から面白いと思っていたが、こんなわんぱくなお嬢さんだったとは」
「ええっ!?」
「君との結婚生活は退屈しなさそうだ」
「面白いと思って、えっ!?」
「なーに、私の方が家格も上だし君のご両親も断れないさ。家のためにもなるだろう?」
「そこ詳しく教えて頂けないですかっ!?」
「セバス、部屋に籠るから誰も近づけないように。夕食は2人分に用意してくれ」
「かしこまりました」
いつからいたのか、私を案内してくれた執事が恭しくお辞儀をした。
「さて、では君の望み通り、いただこうか」
訳がわからない。
「…夢だったら、どうしよう」
「夢ではないから覚悟しておくんだよ」
間近で見るその笑顔に、私はもう気絶寸前だった。
了
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