【2-4】森を抜けました
朝の光が木々の間から差し込み、森がゆっくりと目を覚ます。
鳥のさえずりと、葉の揺れる音。
焚き火の跡から、かすかに白い煙が立ちのぼっていた。
「……ふあぁ。もう朝か」
伸びをしながら立ち上がる。
背中のスーツがシワだらけで、サラリーマンの哀愁が漂う。
「おはようございます、ご主人」
うららが柔らかく微笑みながら、尻尾をふりふり。
朝日を受けて、銀の髪が光って見えた。
「おはよ〜ございます〜」
チャチャは眠そうに目をこすりながら、ふわふわと近づいてくる。
髪の毛まで寝癖で跳ねてるのが、なんか癒される。
一方で、コハルはすでにきっちり身支度を終えていた。
ポニーテールを結び直し、腰のベルトに小さなナイフのような装飾を下げている。
「さ、さっさと行くわよ。森を抜けたら何か見えるかもしれないんだから」
いつも通りツンとした声だけど、どこか頼もしい。
俺たちは荷物らしい荷物もないまま、森の中を進み始めた。
落ち葉を踏むたび、カサカサと心地よい音が響く。
――それから数時間。
陽が少し傾き始めたころ、木々の間から差し込む光が一気に強くなった。
視界が開け、まぶしい空が広がる。
「おお……! やっと、抜けた!」
思わず声が弾んだ。
長かった森を抜けると、そこには土の道が一本、遠くの丘へと続いていた。
人の足跡のようなものもあり、ようやく“文明”の匂いがする。
「やっとだね〜。ずっと木しか見えなかったから、外が広く感じる〜」
チャチャが伸びをしながら尻尾をふわふわ揺らす。
「はぁ……やっと休めると思ったのに、まだ歩くの?」
俺がぼやくと、コハルが呆れた顔をした。
「アンタね、あたしたちが先に行かなきゃ道も見つけられなかったのよ? 少しは感謝しなさい」
「はいはい、感謝してますよ……ってかさ」
歩きながら、ふと気になった。
「なあ? なんでお前らはそんな立派な防具なんだ?
それも召喚特典ってやつか?」
「とくてん?」
コハルが首をかしげる。
「さあ? 気がついたらみんなこんな格好だったわよ?」
「え、気がついたら? つまり、神様が衣装もくれたってことか?」
「そうかもね。あたしたち、スキルも加護も貰ってるし」
コハルがあっさり言う。
「……なんか、格差を感じるな」
自分のスーツの袖を見て、思わずため息が出た。
ネクタイはゆるんでヨレヨレ、革靴は泥だらけ。
どう見ても“異世界の勇者”より、“行き倒れたサラリーマン”だ。
「いいじゃないですか、ご主人」
うららがにっこり笑う。
「ご主人の服、落ち着いてて素敵ですよ〜」
「フォローになってねぇ!」
「まぁ、アンタらしくていいんじゃない?」
コハルが笑う。
「異世界でも社畜スタイル、貫いてるわね」
「……それ、褒めてないよな?」
ため息をつきながらも、どこか笑えてきた。
森を抜け、風が頬を撫でる。
異世界の空は高く、どこまでも澄んでいた。
「とりあえず、この道を進んでみましょう〜」
うららが指差した先には、小さな丘の影。
その向こうに、かすかに煙が上がっている。
「……あれ、もしかして町か?」
「かもね。行ってみましょ」
コハルが先頭に立ち、俺たちは再び歩き出した。
――新しい出会いと、騒がしい日々の始まりを予感しながら。